春遠からじ

今冬は実に寒かった。久しぶりに冬らしい冬でしたね。
生来忘れっぽい人間なので「そういえば、昔は冬って結構これくらい寒かったよなぁ」とか思い出しました。それは気候の問題というよりは木造の隙間風が吹いて当たり前の住居に住んでいたことが主因で一戸建てなので底冷えもするし、こたつやストーブがないとやってられなかったというだけなのですが。
気密の高いマンション住まいになってからはや22年。暖冬なら一切暖房を使わない年も経験した身としては今年の寒さにはは奇妙な懐かしさを覚えました。そういえば、小さい頃はこたつの中に頭まで入って遊んだりしたなとか。こたつに足を突っ込んだら母が仕込んでいたパン種が鎮座ましましていてびっくりしたとか(よく膨らむのだ)。何かの加減で床に溢れた灯油が火を上げたときは皆が泡を食う中、祖母がそっと座布団を被せて一瞬で鎮火させたなんてこともあったなとか。あの冷静さは舌を巻きました。後にSEなんて職業に就いて年中、システムトラブルと対峙するようになったので僕も身に付きましたが。
とにかく今年は寒かった。が、それもそろそろ終わり。東京の桜の開花予想は3月21、2日ころだとか。あと3週間くらいで町町の公園は薄桃色に染まります。春よ来い、早く来い。心の中でそう唱えることができるから僕は寒い冬もたぶんそれほど嫌いなんじゃない気がします。
スポンサーサイト

星の光

アニメ業界の深刻な人材不足が叫ばれて1年以上が経ちますが蓋を開けてみると2018年冬アニメは大豊作だったような気がします。僕的にダントツは「宇宙よりも遠い場所」(女子高生たちが南極を目指すというそれだけ聞いたら荒唐無稽なお話ですが、地に足の着いたストーリーでそのくせドラマ性も抜群という佳作です)なのですが、それ以外にも名作が目白押しです。
ヴァイオレット・エヴァーガーデン
 殺人兵器として戦場を駆け巡っていた少女が戦後、感情を取り戻す物語。絵の美しさはさすが京アニとしか言いようがないですが、行間を読ませる感情移入を抑えたシナリオも秀逸
ゆるキャン△
 冬キャンプを楽しむ女子高生を描いたまったり系。アニヲタが喜びそうな要素を詰め込んでいるのが些か鼻につきますが肩の力を抜いて楽しめます。
からかい上手の高木さん
 中学生の甘酸っぱい恋模様を描いた佳作。壁を殴りたくなります。

など、ほかにも恋は雨上がりのように、ラーメン大好き小泉さん、たくのみ。、意外なダークホースだった博多豚骨ラーメンズ、そしてさまざまな物議を醸し出し続けている規格外アニメのポプテピピック(誰かが起承転結の転しかないアニメって言っていたけど言い得て妙だと思う)、作り手の気概がひしひしと伝わって来る力作ぞろいです。
以前、SHIROBAKOというアニメ制作をテーマにしたアニメで知ったのですが1クール、12話のアニメ制作を行う期間としては10ヶ月というのはなかなか厳しいらしく、できれば1年欲しいところらしいです。つまり、今アニメファンを楽しませている作品達は去年のお正月くらいには制作が始まっていたということ(もっときついスケジュールのものも多々ありそうですが)。これはアニメに限らず芸術作品全般に言えることでしょうね。映画はクランクインしてから短ければ2、3ヶ月でクランクアップしますが当然それまでに企画を立ち上げ、必要な資材を調達し、脚本を書き、舞台となる場所のロケハンやら役者のオーディションなどなど膨大な時間がかけられています。
浅田次郎氏は蒼穹の昴を1年以上かけて脱稿されていますが、上梓したのはその3年以上後、編集者と侃々諤々の議論を繰り返し、練りに練って大作を仕上げました。

それを知らない観客は気楽なものです。部屋で酒でも飲みながらだらしのない格好で批判混じりに鑑賞してるだけなんですから。その批判のやりだまに上がったワンカットが作られるまでには本編を凌駕する壮絶なドラマがあったかもしれない──なんて想像を働かせる人は皆無だと思います。
夜空を見上げると瞬いている星の光は実は何十年、何百年前のものだということを我々は知識として知っています。けれど、その光が星から放たれてまっすぐに宇宙を飛び続け、やがて地球に届くまでに要した気の遠くなるような時間に想いを馳せる人は案外に少ないんじゃないでしょうか。
今宵、アニメをドラマを映画を観ようかなと思い立ったら、ほんの少しでいいからその作品が完成するまでにかかった膨大な時間を、驚くほど多くの人を思い出してみて下さい。作品の味わいがそれだけでぐんと深くなるかもしれません。

冬ごもり

なぞの感染症のお陰で職場に出ることもできず思わぬ長期休暇を頂いてしまった今年。
職場はおろか外出すらも必要最小限に抑えておりましたので、世にいう「ひきこもり」の人達の生活を実体験することにあいなりました。およそ三週間、人との会話といえばスーパーかコンビニのレジの人と交わす一言、二言のみ。家から出ない日はそれすらなく食事以外で口を開くこともない日々。改めて気付いたのですが僕は電話をかけてぐだぐだとおしゃべりをするような友人を持ち合わせていないんですよね。せいぜい、家人くらい。これでいいんだろうかとちょっと不安になりましたが同年代のアラフィフ男性はどうなんでしょうね? 勝手な想像かもしれませんが、平日の日中は仕事に勤しんでいる方が大半ですから平日の日中から電話で話し相手になってくれる友人を持ち合わせていない方が普通なのではとも思いました。何より、持ち合わせていたとしても平日の日中に(しつこい)捉って長話に付き合わされたら僕ならキレます で、やってみるとこの生活も存外に苦痛じゃないのです。ナチスドイツの人体実験の中に赤ん坊に一切声をかけず食事だけを無言で与え続けたところ衰弱死したなんて結果があったそうですが、五十を過ぎたおっさんには当てはまらないのかも。か、僕の性格によるところが大きいのかな。
で、僕が温かい部屋で安穏としている間に世間様は大変なことになっていたようで、もう何十年も経験していないような寒波の波状攻撃。横浜に雪が降った日も窓から雪道をよちよち歩いている通勤通学の人達を眺めながら「たいへんそうだなぁ」と悪魔的なひとりごとをつぶやき怠惰な安穏に浸っておりました。
その寒波もようやく緩み、これからは三寒四温。寒の戻りが来ることはあっても極寒のピークは過ぎたようです。まさに洞窟の中のクマといった体。穴の外の雪解けの音とそこはかとない空腹に背中を押されてのそのそと穴の外に這い出し、あたりを見回している気分です。
こんな悠長なことを書いているのもたぶん今日限り。自分のことですから明日出社して、席に座ってしまえば1分とおかずトップスピードで稼働し始め、冬ごもりなんか初めからなかったような顔をしていることでしょう。長くサラリーマンをしていますが、こんなことでもなければ経験しようもない引きこもり生活を堪能させていただきました。忘れっぽい性格ゆえすぐに忘却の彼方に消えていきそうなのでとりあえず日記に書いておきます(@浅田飴←このネタが分かる人は良いお年だと思う)。

養生訓

1月に37度台の熱が続き、結局大半を家で療養して過ごす羽目になりました。
今、病院で治療を受けているメインの病気もそうですが、その一因は日頃の不摂生、特に際限なしの飲酒にあるんだろうなと薄々気付いていまして、年明けから少し生活を改めています。
毎日毎日酒を飲むのではなくONとOFFをしっかり付けるをモットーに飲酒率50%台(2日に1日は酒を飲まない)をキープしています。お酒とはもう三十数年の付き合いですが、もういい歳だし、それ以前に決して丈夫な方じゃないのでいい加減付き合い方を見直す時期に来てるんでしょうね。縁を切るとなるとハードルはぐっと高くなってしまいますが、今の生活くらいなら続けていけそうです。
18世紀の初め頃、貝原益軒が「養生訓」という本を著したのですが、読み返すと良いことがたくさん書いています。医食同源の発想から食に関する戒めも多く出てくるのですが例えばこんな感じ。
少肉多菜:日本人は胃腸が丈夫じゃないからたくさん食べると消化不良を起こします。特に動物蛋白はほどほどにして野菜を多く摂りましょう。ガッツリ系の食事が好きな方には耳が痛いんじゃないかな。
少塩多酢:味の濃いものばかり好むと高血圧や心臓疾患の原因になるよという戒め。減塩ではなく適塩を。あと、酢もそのまま使うと体に負担が大きいので水で薄めるなどの工夫をすること。
少糖多果:甘いお菓子ばっかり食べてちゃダメだよという戒め。果物は蒸したり煮たりすると良いとも書かれています。
少食多噛:腹八分目。「満腹じゃ」と思うまで食べたらそれは食べ過ぎだよという戒め。食べたい欲求がコントロールできない人は総じてほかもだらしないとも書かれています。
300年も前に書かれたものなのに現代人の食生活を見透かしたような書きっぷりはちょっと薄気味悪いくらいなのですが、人間の体に関することなのでそうそう変わるわけじゃないんだろうなと思ったりもします。加えて、案外300年前の人々の食生活も今と似通うところがあったのかも。

とまれ、来週より職場復帰。酒を控えるとともにお弁当にも一工夫いたしましょう。

消息は探さない

年々賀状を書いていて思うこと。送り先が年上がめっきり減って年下が増えていること。
新入社員の頃は同期か先輩方ばかりだった年賀状も、こっちがいいおっさんになった今は差し出すのは後輩ばかり。随分目減りした先輩方は既に職場をリタイアされた方がほとんど。30年前はそんな想像力を働かせたことはなかったけど当たり前といえば当たり前ですわね。
中には賀状すら交わさなくなった人もいて「どうしてるかな」と時々考えることがあります。ネット時代の凄いところというかほとんど脅威と呼べるのはそういった人の消息が案外追えること。意図的に消息を隠していなければ案外にSNSで検索するとヒットしたりするものです。本人にヒットしなくても知人に「彼(彼女)どうしてる?」ってメッセージを打てば数分で答えが返ってくる。便利になったのか不自由になったのかよくわからないな。けど、基本的に僕は「どうしてるかな」と思っても消息は追わないことにしています。五十半ばというお年頃になると返ってくるのが嬉しい便りとは限らない。思わぬ訃報に出くわすこともままある話。その点、「どうしてるかな」と思って止めておけば僕の中ではその人はどこか遠くで元気にしてるだろうと思えますから。
大学時代に通い慣らした居酒屋のご主人(お爺ちゃんとお婆ちゃん)。社会人になって十年ばかり通いつめた居酒屋のお母さん。きっと消息を聞いたら嬉しい便りが聞けることはないだろうなと思って連絡を取ったり店に顔を出したりするのは控えております。つまらない感傷とわかっていても消息を尋ねなければもしかしてどこかで元気にしておられるかもと思っていられるから。けど、ふと周りを見渡せば横浜に来てからできた知人がそれなりにいて彼らとわやわや言いながら酒が飲める日々。僕自身は幸福な人生を歩めているなと感謝すること仕切りです。
プロフィール

choal29

Author:choal29
酒と料理をこよなく愛するシステムエンジニアです。
食卓応援サイト「Gの食卓」を運営しています。
↓こちらもよろしく!!
http://diningg2011.web.fc2.com/index.html

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR