日常の終焉

朝起きたら新聞を読みながら朝食を摂る。歯を磨く、顔を洗う。決まった電車に乗って会社に行く。
毎日毎日、何年も同じ生活習慣をこなしていると人は容易く永遠を信じるものです。明日も自分が同じことをしていることを疑わなくなります。それどころか来年も再来年も十年後も。同じ電車に乗って会社に行くだろうと勝手に思い込みます。
けど、いずれ日常の終焉は訪れるものなんですよね。突発的な事故に遭わなくても、何か病気にならなくてもいずれ最後の日はやってきます。毎年、3月頃になると子供に毎日お弁当を作ってあげていたお母さんが感慨にふけるニュースを見かけます。もういやだ、もううんざりと思っていたお弁当づくりも今日が最後。三年生の息子、娘は明日卒業式を迎える。このお弁当箱におかずを詰めることも二度とないんだなぁと思えばちょっと寂しいみたいな。
過日、病院での検査が思わしくなく、来月から入院治療をすることになりました。セルフお弁当の制作も今月末を以て終了。食材を溜め込まないようにせねばですね。今回で三度目の治療となるので十分回復するかちと心配ですが、ま、それは気に病んでもせんないこと。その時はその時でこの長く続いた日常も終わりを迎えたのだと思うしかありません。
振り返れば楽しい日々だったとちょっと感傷的な気分で思い出を胸に刻んで。引きこもりの支度を始めましょうか。
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たかが二十歳の小娘が……

振り返ってみると僕の子供時代はたぶん、周りの子の常識がかからないことが多々あった環境だったように思います。
市販のお菓子というのをほとんど口にしたことがありませんでした。ましてやジュースや炭酸飲料などもってのほか。ファンタやキリンレモンの瓶がケースで買い置きされていましたがそれはお客様用でした。
漫画は読むな、このアニメは低俗だから観るな、観るもの読むものも規制されていました。
小遣いというものを月々もらう習慣もなくお金を持っていないので友達と放課後に買い食いを経験したこともありません。高校生になった時、中学生の妹が抗議して初めて小遣いというものをもらうようになったかな。
こういった規制を敷いたのは、全べて母でした。父は寡黙な人で母に意見をすることはほとんどなかったと記憶しています。
それ以外にも、母は中学生くらいになると食事と睡眠以外の時間に勉強をしていないことを叱りました。ですので、小学生の高学年以降、テレビのドラマやアニメを観た記憶がほとんどありません。学校で友人達が昨日観たテレビの話題に興じている時はただなんとなく笑って聞いているばかりでした。
今でも鮮明に覚えているのは小学生の頃のエピソード。ある日、家に帰るとこれを読んでみろと雑誌に載った小学生の作文を渡されました。父親を交通事故で亡くした子供が切々と父親を返してくれとドライバーに訴える内容の作文でした。気の毒だなとは思ったのですが、それ以上どうリアクションして良いかわからず戸惑っていると、ひどく詰られたのです。

なぜ、お前は泣かない?

いやいや、泣かないといけないの? とさすがに子供心に思いましたが返答に窮していると、お前は心が冷たいと更に難詰される。うーん、もうどうでもいいや。すっかり冷めてしまって僕はひたすら身を低くした防御姿勢で台風が通り過ぎるのを待ちました。あれからしばらくは、思い出したように「お前は心が冷たい」と言われましたね。
この一事が指し示すように僕には反抗期らしい反抗期がありませんでした。それは親に反発する気持ちがなかったわけではなく、ずいぶん早い時期から、おそらく4つ5つの頃から母に諦観していたのだと思います。この人には何を言っても無駄だと。遠方の大学に合格して親元を離れてようやく僕は母の呪縛から開放されました。二十歳そこそこの普通の青年として周囲の友人と付き合っていくうちに母が僕に規制していたことの大半が如何にバカバカしかったか、世間一般の常識から外れていたかを知りました。逆に大学生活を通して僕はその世間一般の常識を取捨選択しながらも身に着けていきました。あの、数年がなければ社会人になった時ちょっと恥ずかしかったんじゃないかな。

でも、振り返って思うのです母は十九歳で結婚して二十歳で僕を生みました。ずっと主婦をやっていてお勤めに出た経験がありません。たかが二十歳の小娘が、いきなり母親になって僕を育てたわけです。それはトンチンカンな一面があっても仕方がなかったのかなとも思うのです。とはいえ、それを許容するほど人間ができているわけではないのですが、少なくともそれを見極めて諦観した幼少時の僕には拍手を贈りたいかな。今年、七十三歳になった母は相変わらず人の言うことはまるで聞いていない困った人です。けど、たかが二十歳の小娘が……と思って見れば腹も立つまいと思うようにしています。

辻村深月の『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』を読書中。登場人物の殆どが三十歳そこそこの女性。それぞれが子供の頃から母親に傷付けられた経験を持つというストーリー。といっても、児童虐待の話ではなく、どこにでもある無神経に娘を支配しようとする母の言動のオンパレード。あるあるネタの見本市のような小説です。「すべての娘は等しく母に傷つけられる」というキャッチコピーは言い得て妙。僕は女ではありませんが妙に共感しながら読み進めております。

コント

昭和のテレビっ子だった僕は、社会にあふれる未知のことどもをテレビから学びました。例えば、泥棒といえばほうかむりをして唐草の風呂敷包みを背負っているものだとか。おじいさんといえば禿げて腰が曲がっていて杖を突きながら「わしも年じゃのう」とか言いながらキョトキョト変な歩き方をするものだとか。当時はいざしらず今観直せばステロタイプとすら呼べないようなデフォルメなのですが。なんとはなしに年寄りとはこういうものだと認識していたのです。
で、多くの人間がそうであるように子供の頃の僕も「年をとる」ということは他人事でした。このままいけばあと十年ちょっとで二十歳を過ぎた大人になる、ここまではなんとなく想像できるのですが、その先はずっと大人のまま──漠然とですがそんなふうに考えていました。
けど、人は苦労していようがしていまいが一年経つと一歳年を取るんですよね。二十歳の青年はやがて三十を過ぎ、四十を過ぎ、五十を過ぎるのです。ある日、いつものように通勤電車で文庫本を広げた時の衝撃は今でも覚えています。「字がぐじゃぐじゃで読めない!」。これが老眼というやつか。と思い至るまでしばし暇がかかりました。それでも往生際悪く、いやちょっと様子をみよう。単なる気のせいかもしれないしなどと自分に言い聞かせているうちに状況は悪化したので遠近両用メガネを誂えることと相成りました。無駄な抵抗でしたね。
体重が落ちなくなる(代謝が悪くなってるのかな)、昔ほど酒が飲めなくなり足がむくみだす(肝臓が炎症を起こしているサインです)、睡眠障害でマウスピースをして床に就くようになる、耳の聞こえが悪くなり会議では補聴器が必須になる──まさに「わしも年じゃのう」を体現している今日この頃。子供の頃に笑いながら観ていたテレビのコント番組の爺さんさながらに成り果ててしまう日がまさか来ようとは……(思いもしなかったとは今更言えんよなぁ)

先週、電車の網棚にカバンを上げようとしたら肩が痛い。さては、寝違えたかな? くらいに思っていたのですが、その翌日も、その次の日もやっぱり痛い。どうやら、今度は五十肩というやつがやってきたみたいです。気づかなかったことにしたいんだけど、やっぱり整骨院とか行ったほうが良いのかなぁ。

最初からネタバレ

中学生の時、「ナイル殺人事件」という映画を観てクリスティーにハマってしまい、以来40年近くミステリーフリークです。自分でも書いてみたくて、何作か書いているのですが、その度に難しいよなぁと思ってしまうことがあります。それは、自分には最初からネタバレしてしまってること
犯人もわかってるし、トリックもわかってる、どこで犯人がミスをして探偵に手がかりを掴まれてしまうかもわかってます。それだけ何もかもわかっていながら、何もわかっていない振りして書かなきゃならない難しさ。よくプロのミステリー作家はこんな作業を延々とやってるなぁと感心することしきり。
あまつさえ、ラストでは「ええええ、お前が犯人だったのかっ」と登場人部と一緒に驚かなきゃいけないんですよ。なんという出来レース、なんという茶番。
書いている最中はビクビクものです。
「いやいや、こんなこと書いたら一発で犯人がバレるだろう」とか
「ここの伏線に気づく人っているんじゃないかな」とか
地雷の周りをうろうろ。そのくせ、地雷から遠ざかると「これはアンフェアって言われそう」とか思い直してまた、地雷のところに戻ってくるのです。

それでも、書き上がってみるとそれなりに物語になっていたりして素直に嬉しい気持ちになれるんですよね。見事結末にゴールインするその時を夢見つつ、今日もペンを執ります。なんとか40枚書いたからあと40枚ちょっと。来週か来々週には仕上げたいな。

課題図書がきらい

巷の小中学生は夏休み真っ盛り、夏休みといえば定番の宿題に読書感想文というのがあったなぁと思い出し、課題図書のことを思い出しました。
夏休みに入る前に「今年の課題図書はこれだ!」てなプリントが配られ、できれば読書感想文はその本を読んで書くようにと先生に言われた記憶があります。今でもこの制度は活きてるのかしらんとネットで調べてみると……ありましたありました。2017年度課題図書が告知されています。どんなのがあるのかちょっと覗いてみましょう。
ばあばは、だいじょうぶ
 認知症になったおばあさんと家族とのふれあいの物語
なにがあってもずっといっしょ
 ペットと飼い主の心の交流の物語
すばこ
 巣箱の歴史や利用方法を学べる本
耳の聞こえないメジャーリーガー ウィリアム・ホイ
 実はに基づく伝記的な物語
空にむかってともだち宣言
 今の児童生徒の周りにはさまざまな国からいろいろな事情を抱えた外国の子どもがいる。そんな彼らに国際理解を促す本

 うーん、40年前に比べるといくぶん多様化はしているような気はしますが基本的に傾向はあまり変わっていないみたい。やっぱり僕は課題図書というのはきらいかも。
 読めば面白い本もたくさんあると思うんですよ。僕が小学校の頃もそうでしたし、そういう意味では僕が嫌いな理由は作者さんに責任のあることではないといえると思います。作者さんは真摯に作品と向き合って筆を執っておられると思います。なら、何がいやだったのかちょっと考えてみました。
人から読めと言われて読まされるのがイヤ
 僕は本に出会いを求めるタイプです。図書館や書店でふと手に取った本。その瞬間、ビビっと心に電気が走ってその本から目が離せなくなる。僕はこの本を今すぐ読むべきだと心が命ずる。そんな運命的な出会いを大事にしたいタイプです。読んでみると大して面白くもなかったり軽佻浮薄な物語だったりすることもありますがそれでも自分が選んだということに拘りたいのです。
選者の「ためになるでしょ」と言わんばかりのドヤ顔が目に浮かぶのがイヤ
 何も道徳教育に役立ちそうな本ばかりが選考されているわけではないのはわかっています。けど、子供の科学的理解を促したり、社会情勢に対する理解を促したりなんだかお説教臭さが透けて見える気がするのです。小学生の頃もそう感じていましたが、五十過ぎのおっさんが今年のラインナップを見ても同じように感じました。繰り返し言いますがこれは作者の責任ではありません。本の与え方の問題だと思います。
選考が教育者視点に偏向していて、読者視点が軽視されているのがイヤ
 全ての歴代課題図書をリサーチしたわけではありませんが、おそらくはライトノベル的な本が選考されたことはないんじゃないでしょうか? あるいは絶海の孤島で血まみれの連続殺人事件が起きるようなミステリー、手に汗握るタイムトラベル、思春期の恋物語なんて本が選ばれたこともないんじゃないでしょうか?(選ばれたことがあったのならごめんなさい)
 インターネットが発達した現代は読者が気軽に人気投票ができる仕組みができあがっていて「この✕✕がすごい大賞」といった読者視点で選考される文学賞が数多あります。その上位に選ばれたものはまず間違いなく面白く、本好きの読書欲を満たしてくれる作品群です。省みて課題図書に選ばれた本がそういったランキングに喰い込んでくることは失礼ながら皆無なんじゃないかな。
 この違いはどこから生じるかというと選考基準が「読んでためになるかどうか」を重視していて「読書欲を満たすかどうか」という読者視点を軽視しているからだと思うのです。

 僕が読書をするのはその本を読めば何かためになることがあるからではありません。純粋に本を読んでわくわくしたいからです。その本からなんの教訓も得られなかったとしても、最後のページを閉じた後に物語の続きに想いを馳せて想像を膨らませる至福のひとときがあればそれで十分なのです。
 課題図書の選考基準は以下の6つなのだそうです。
(1)児童生徒の発達段階に適合しており、楽しい読書体験が得られるものであるか。 
(2)現代の児童生徒の思考や心情に適合し、多くの児童生徒に興味や関心を持たせることができるものであるか。 
(3)児童生徒に深い感動や新たな認識をあたえ、豊かな心の成長が図れるものであるか。 
(4)内容や主題に独創性があるか。またその取り扱いは、時流に迎合的であったり、興味本位のものになっていないか。 
(5)正義と真実を愛する精神に支えられ、人権尊重の精神が貫かれているか。 
(6)特に、ノンフィクションについては、事実の叙述が科学的に正確で、かつ主題の取り扱い方が新鮮で、創意や工夫がみられるか。

できれば七番目の選考基準に「児童生徒の読書欲を存分に満たし、読書の楽しさを知る機会を与えうる作品か。それに叶う場合、(1)~(6)の基準を充足しなくても選考可能とする」というのを加えて頂きたい。その基準に則って今まで見たこともないようなぶっ飛んだ本が選ばれるようになれば、少しは課題図書が好きになるかもしれません。
プロフィール

choal29

Author:choal29
酒と料理をこよなく愛するシステムエンジニアです。
食卓応援サイト「Gの食卓」を運営しています。
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