書き割りに見えてしまう

僕はよほどのことがない限りお店に文句を言わない主義で店の味やオペレーションに気に入らないことがあっても黙って店を出て二度と行かないようにしています。それはアニメ作品などでも一緒。気に入らなければ切って観なくなるだけでその作品を批判することはあまりしません。
けど、2018年春アニメの「多田くんは恋をしない」についてはそれではなんだか落ち着かなくて、このもやもやした気持ちを分析してみたくなりました。
同作はざっくり言ってしまえばローマの休日の現代版。ヨーロッパ小国の王女様がお忍びで日本に留学してきて知り合ったクラスメイトと恋に落ちるというそんなお話です。ストーリーはかの名作を下敷きにしているので鉄板のはずなのですが回を追うごとに何もかもが書き割りに見えて仕方がない。なぜそう思ってしまうのかちょっと分析してみたくなった次第です。
書き割りというのは歌舞伎の用語で大道具、要は板に屋敷や大樹などを描いて舞台に並べ場面を演出するアイテムです。観客はもちろんそれが本物の土塀でもなければ桜の木でもないことを分かっているのですが、優れた演出家が采配を振るい、名役者が立ち回ればあたかもそこが武家の屋敷に見えたり、吉野の山桜に見えたりするのです。
ところが多田くん~では留学生のテレサが某国の皇女だと言われても「そういう設定」にしか見えない。ただの世間知らずの欧州の田舎育ちの娘にしか見えず、十数年間皇族として生きてきた威厳も覚悟も見えてこない。なのに演出家は一所懸命それらしい演出やセリフを割り当てるものだからますます書き割りが書き割りめいてくるという悪循環を感じるのです。
原因はいくつもあると思うのですがおそらくは演出スタッフの誰一人もが王室の空気感を理解できていないのではないでしょうか? いっぱい資料を集めて、いっぱい写真も集めてそれを継ぎ接ぎしたら如何にも王室でしょと自己満足しているように感じます。ロバート・ダウニーJRはチャップリンの半生を描いた「チャーリー」という作品に主演した際、数年間をチャップリンとして暮らしたと聞きます。同作にはチャップリンの母親役で彼の娘のジェラルディン・チャップリンが出演していましたが彼女をして「お父さんそっくり」と言わしめたとか。あるいは2017年春アニメ「月がきれい」──初めて恋をした中学生のもどかしいような甘酸っぱい気持ちを描いた秀作です──は、企画が立ってから2年かけて中学生の心情やこういった場面ならどう感じてどう動くかが徹底的に議論され、多くの現役中学生へのインタビューも行われてスタッフ自身が中学生の発想と行動原理を身に着けようと努力されたそうです。かえりみて本作でヨーロッパの王室の取材を行ったかといえば否でしょう(きっとそんな予算も時間もないでしょうし)。加えて現役高校生に取材を行ったかといえばそれもNOだと思います。全てが頭の中のイメージだけ、王女様ってこんな感じに世間とずれてるんじゃないかな、初めて王室の気品に触れた高校生はこんなリアクションをするんじゃないかなと素人の観客でも思いつきそうな安易なイメージをこねくり回した印象があります。結果、テンプレートのオンパレード。どこかで見たような絵面を継ぎ接ぎした作品になったんじゃないかと思うのです。
もし、この批評に対していちいち一本一本にそこまで入れ込んでられっかよと反論されるのであればそれはもうアニメを作るのを止めたほうが良い。観客に失礼極まりない行為です。
ということで、おそらくはバックグラウンドが浅いことが本作を書き割りめいて見せる一番の原因だと思うのですがそれを際立たせてしまっているのが演出のまずさ。登場人物に語らせ過ぎです。一例を挙げると9話、王女の付き人兼護衛役のアレクが「あなたはやはり……多田光良を好きになってしまったんですね」と問いただすセリフ。なんでそれを口にする?! と画面にものをぶつけたくなりました。これは秘められた悲恋の物語です。たとえ親しい付き人とは言え秘められた恋をドヤ顔で第三者が語ってどうする。暴いてどうする。僕はアニメの演出は素人だけど小説に置き換えてもここは表情と動作で察してその上で黙して気づかぬふりをさせます。その方が読者は切なくなるから。分を弁えた皇女の付き人らしく映るから。一事が万事で終始語るべきでないことを登場人物に喋らせてしまっていることが本作をますます書き割りめいて見せていると僕は思います。他作と比べるのは卑怯かもしれませんが2018年春アニメの「宇宙よりも遠い場所」の演出とは対象的だなぁとちょっとため息。
同作の演出の一例を挙げると12話、3年ぶりに母のPCを起動する場面。セリフは全くありません。おそるおそる叩く4桁の数字を見て観客はそれが母の誕生日であろうと推測できます。エラーメッセージ──、机上の写真立ての母子のスナップが写される。それを見て一瞬息を呑むヒロイン。恐る恐る叩かれる4桁の数字──。なんの説明がなくても彼女が思いついた2度目の4桁の数字は自分の誕生日だと察せられます。パスワードをクリアして起動するPC。それを見て肩を震わせるヒロイン。
アニメの世界には「語るな見せろ」という演出上の名言があると聞きました。映像作品なのだから。動きを見せる芸術作品なのだから。逆にセリフには最大の神経を払って不用意な言葉は徹底的に刈り込むべきだと僕は思います。
「アニメってテンプレの代名詞か、違うだろ。命を吹き込むってことだろ」、SHIROBAKOの名台詞を掲げて、本作のスタッフにはさらなる研鑽を期待します。ただ、いろいろと勉強にはなりました。
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ニュアンスの妙

演劇漫画の金字塔、ガラスの仮面の初期のエピソードにこんなのがありました。ある日の稽古で台本が配られます。書かれていたのはたったの4文字、「はい」、「いいえ」、「ありがとう」、「ごめんなさい」。セリフの暗記は一瞬で出来ちゃうし一見簡単そうに見える課題なのですがこれが意外と難しい。例えば相手が「すみません。駅への道を教えてくれませんか」と言ってきたらいきなり苦戦してしまいます。恐らくそのセリフに対する最も妥当な受け答えは「ごめんなさい」でしょうね。僕もこのあたりの地理には暗くて駅への道を知らないのですというニュアンスです。
物語は姫川亜弓が質問役を買って出て飛び入り参加、その相手役に北島マヤが指名されるという展開になります。「校長先生の名前は?」なんて意地の悪い質問を連投する亜弓にマヤはそつなく答え続けるのですが最後に「お好きなレコードをかけてあげましょう。(なんなりと)おっしゃって」という難題をふっかけてきます。マヤはパントマイムでレコードラックを探す仕草。目当てのレコード(もちろんエア・レコードです)を見つけ出すと亜弓に差し出して「はい」と言います。マヤの天才性を演出する良いエピソードなのですが、惜しむらくは音声のないコミックでの表現だったこと。実際にはこの最後の「はい」は呼吸とイントネーションに物凄く神経を遣う必要があって、例えば別の研究生が全く同じ演技をやっても大失敗する可能性もあるのです。特に呼吸は大事。マヤの演技は相手の姫川亜弓がこのあと「ありがとう」と言ってレコードを受け取って初めて成立するもの。つまりマヤはセリフを発する瞬間に亜弓が言葉のボールを受け取る体勢にあることを見極めなければなりません。もし受け取る体勢になっていなければ、思わず受け取ってしまうようなボールの投げ方をする必要があります。これが難しい。いわば不意打ちを食らわすわけですがそれができるのは努力の範疇ではなく才能の範疇だからです(もちろん、努力で近いことはできると思うのですが)。

ネットニュースで年配のお客様に褒められたエピソードが書かれていました。ところが「ありがとうございます。励みになります」と言ったところ、「いや、そこは謙遜しなさいよ」と憮然とされたとか。また、無礼なお客がいたものですが、それでも客には違いありませんから無視するわけにはいかず、なんらかの受け答えをする必要があります。このケースで最悪の切り返しは相手を説得しにかかること。「いや、わたしが言いたいのはですね……」というのは下の下です。相手はご年配。褒められたら謙遜するものという固定観念に凝り固まっている人にそんなことをしても大不興を買うだけでしょう。僕が考えたベストの切り返しはシンプルに

「失礼しました」

とだけ切り返すこと。で、以降、このお客様に対してはそういう人だと頭において接客すること。けどねこのたった一言の「失礼しました」が難しいのです。呼吸とイントネーションを間違えると慇懃無礼に取られかねない。相手の目を読んでボールを投げるタイミングを図って、いささか不意打ち気味にボールを相手の掌の中に投げ入れる。相手はおやっと手元を見て思わずにやりと笑う。場の空気が緩む。「ありがとうございます。励みになります」という一言を失言から笑い話に変えてしまう。そんな離れ業を要求されるのです。
「はい」、「いいえ」、「ありがとう」、「ごめんなさい」の試練は意外に日常の中に潜んでいます。予期せぬタイミングでいきなり喉元にナイフを突きつけられるように返答を求められることがあります。演技の天才の北島マヤならいざしらず、平凡な一社員、一OLに降りかかる試練は過酷を極めるでしょう。言えることは日々言葉のキャッチボールの鍛錬に励もうよということくらいかなぁ。けど、断言しますが9割以上の人はいくら鍛錬に励んでもこの切り返しは無理だと思います。これができるのなら芸人になれますよ。

描かないものは映らない

2018年は冬アニメが近年稀に見る豊作だったこともあってか、春アニメはそれに比べるとちょっと小粒なものが多いかなって感じます。ま、楽しめるものはたくさんあるし、何より家でお酒とか珈琲とか飲みながらぼーっと観てるだけの人間が文句言える筋合いではないのですが。ただ、夏アニメ、秋アニメのラインナップを見ていると先細り感が半端なく(どこかで見たような話ばかりに思えてしまう)、いよいよ危惧されていたクライシスの到来なのかな。当たり前の話ですが、アニメは実写作品と大きく違うところが一つあって、なにごとも描かなきゃ映らないわけです。
例えば、実写の場合、通行人に対する監督のポリシーは2種類に分かれると聞いたことがあります。一方は自然にその通りを歩いている人々を撮り続け、その中から作品にふさわしいカットを抽出するタイプ。もう一方はエキストラを仕込んで、「2秒後に右の角からOL風の女性、5秒後に左から慌てて走っていく中年のサラリーマン」と絵柄を作り込んでいくタイプ。アニメの場合、前者はあり得なくて、通行人を描かなきゃ画面に映りません。逆に言うと画面に通行人が映っているということはなんらかの意思と意図を持って多くの人が原画を描いたり、絵を動かしたり、色を付けたり、足音を添えたりしているのです。そういう意味ではモブキャラだからといってスクリーンに映し出す手間が簡単になるわけじゃありません。
実写映画から移籍した監督が、ある場面のプランを3つ考えて「とりあえず、それぞれ作って提出して。それ観てからどれにするか検討するから」と言ってスタッフを震撼させたとか。確かに実写ならカメラを3テイク回せば済む話かもしれません。けど、アニメの場合それって同じ作品を異なる演出で3本作る手間なんですよね。だからアニメでは特にコンテが重要になってきます。実際に原画に起こす前までに徹底的にコンテをブラッシュアップしてリテイク──ましてやイチから作り直しなんてことにならないよう突き詰めておかないといけないのです。
2018年冬アニメには怪作、ポプテピピックがありましたが、その2話のショートコントにこんなのがありました。
「海行こう」
「いーねぇ」
「日本のマチュピチュ行こう」
「ダメだ」 「えっ」
「その美術、発注してないからダメだ」
ま、それがアニメ制作現場ならではの大変さなのだと思います。

酒庫のこと

過日、関西時代の飲み仲間に誘われて川崎で呑みました。二軒目でショットバーに行ったのですが、なんだか懐かしかった。本格的なショットバーなんていつ以来のことでしょう。少なくとも関東に越してきてからは行っていないので5年以上は前のことですね。スモーキーなアイリッシュを舐めているとふと酒庫のことを思い出しました。

酒庫は梅田はお初天神商店街の傍にあるショットバーです。アーケードから外れて御堂筋に抜ける細い路地を進んで行くと気をつけていないと見落としそうな小さな看板がかかっています。看板の真下から伸びる急で狭い階段を上がった二階。押すとカウベルが鳴る扉の中に酒庫はあります。
僕が初めてその店に行ったのは社会人になって間もない頃。研修仲間と行った記憶がありますので1988年の5月か6月だったと思います。学生時代にもバーと呼ばれる店に行ったことはありましたがそれはバブル期によく見かけたプールバーとかカフェバーと呼ばれる類の店。本格的なウィスキーを楽しむと言うよりは女の子を口説くための装置。なんとなくバー気分を楽しめればよいという雰囲気だけの店でした。なので本格的なバーに対する憧れは強く、社会人になってすぐ観光ガイドと首っ引きでこの店を探し当てた次第。今ならスマホで検索していたでしょうね。
酒庫のマスターは誰もが認める(たぶん本人も認める)板東英二似な方。顔も似てるけど声もそっくりなのでした。店はカウンターのみでスツールが10脚ばかり並んでいるだけ。カウンターの向こうにはみっしりとウィスキーのボトルが並んでおりました。照明を控えた薄暗い店内は静かな音楽がかかっていて客たちの会話のボリュームも控えめ。店に一歩入った瞬間から「あ、ここを行きつけにしたい」と思わせる大人の雰囲気に満ちていました。その想いの通りそれから数年、僕は酒庫に足繁く通うようになります。そして、この店で僕は生まれて初めて本格的なバーボンやスコッチ、アイリッシュウィスキーの味を覚えていったのです。酒庫の価格設定は良心的でそのへんの酒屋ででも見かける酒を飲むだけなら3~4千円もあれば事足ります。けど、僕は酒の勉強をするために店に通っているという自負があったので敢えて他所では飲めないウィスキーばかりオーダー。結果、財布に1万円札が入っていないとちょっと足が向かない店になっていました。ま、独身時代だったからできた呑み方ですね。
僕は基本的にウィスキーもストレートで飲みます。造り手はストレートで飲むと一番美味しいように作っていると知っていますから。けど、その弊害で何度も失敗をやらかしました。酔っ払って最寄り駅を過ごしたことは数知れず。目が冷めたら梅田の地べたに寝ていたなんてこともままありました。経験しないにこしたことはないのかもしれないけれど、そういった経験も経て僕は酒の飲み方や加減を覚えていったのだと思います。
僕が通い始めた頃、酒庫には美人の女性バーテンダーがいたのですが、それはほんの一時期(あまりにも様になっていたので彼女は僕の小説の登場人物になったりもしました)。彼女が辞めてからは長らくマスターが一人でシェーカーを振っていました。が、ある日店に顔を出すと若いバーテンダーが立っていました。後に知ったのですが、彼はマスターの息子。他所で修行をしていた方らしい。どうやらその時、僕は店の世代交代に立ち会ったようでした。しばらくはマスターと息子さんの二人がカウンターに立っていたのですが、徐々にマスターの姿をお見かけしなくなり。やがては息子さんだけで店は切り盛りされるようになりました。

酒庫は今もお初天神商店街の傍、30年前と同じ場所にあります。もう長いこと顔を出していないけれど川崎でアイリッシュを舐めていたらむしょうに行ってみたくなりました。これだけ年を経るとマスターの消息など伺うのが少し怖いですが、今度、帰省したら行ってみようかな。

籠城ライフ

風邪引いた。完膚なきまでに風邪引いた。無駄な抵抗はしない主義なので休暇を戴いて今週は寝込んでおりました。
こういう時、一人暮らしをしていて一番不便なのは食事ですね。掃除洗濯は1日、2日しなくてもどうってことはありませんが、風邪を引いていたってお腹は空きます。かといって熱のある身で買い物に行くのは億劫(高いときは39度7分だったんだよ)。こういう時は日頃の備蓄がものを言うのです。
僕はわりと水分補給したがるたちなので常にアイソトニック飲料や清涼飲料水の2Lボトルを2本くらいは買い置きしているのでまず水分は問題なし。加えて麦茶などは自分で淹れますのでほぼ無限に生産できる。肉や魚類も小分けして冷凍してあるので1週間分くらいのおかずには事欠かない。米も買ったばかりなので問題なし。加えて缶詰、麺類の備蓄で更に10日くらいはOK。粉物は強力粉、薄力粉をはじめとしてそば粉、米粉など結構豊富。なんだかんだでたぶん1ヶ月くらいは家から出なくてもまっとうな食生活が送れる気がします。備蓄のコツは日持ちがしない肉類や野菜はほどほどに缶詰、乾麺、粉類はそこそこにってとこでしょうか。あとは調味料類のショートにさえ気をつけていれば今日日冷蔵庫のある家なら誰でもこんな暮らしができると思います。
で、風邪っぴきの時に一人暮らしで不自由なことの2つ目は調理。朝は自家製の食パンをトースターで焼いて過ごすとして昼や夜は、もう少しちゃんとした料理が食べたい。そんな時、一番に飛びつくのは乾麺かな。ラーメンでもうどんでも、蕎麦でも茹でれば炭水化物が摂れます。更に冷蔵庫のあり合せの肉や魚を野菜と炒めて載せればかなり栄養価が改善される。スープも塩分過多がどうのと言われますが、この際飲むのもありです。麺類に飽きたらよく作るのは雑炊かな。実はおかず込みで考えると炒める手間が省けて一緒に煮込めば良いので麺類より楽だったりします。
そんな籠城料理のおすすめレシピをいくつか。
かけ蕎麦を作ってサバ缶(水煮、味噌煮どちらでもOK)をトッピング。ニシン蕎麦っぽくて旨いです。
素うどんに梅干し、海苔、胡麻、刻みネギ、生姜、にんにくなどあり合せの薬味を投入。これ、薬膳に通じる体に良い一食になります。
あり合せの肉(鶏肉がお勧め)、野菜、米30gを300ccの水で15分くらい米が柔らかくなるまで煮込む。塩、胡椒で味を整えればポルトガルのカンジャのできあがり。炊いた米がないけどすぐ雑炊が食べたいなんて時には嬉しい一品です。
籠城ライフを余儀なくされてしみじみ思うのは食生活は料理を知っているか知っていないかで大きな差が出るなということ。普段、料理をしない人にとっては小麦粉はただの粉だし、海苔も胡麻もお腹の足しにもなりゃしないと思うことでしょう。けど、調理法さえ知っていれば家に居ながらにして料理店さながらの皿を堪能することができるのです。しかも知識があればあるほどバリエーションに変化を付けられるので飽きることがありません。
風邪を引いて寝込んだ一週間。料理を趣味にしていてよかったなと改めてしみじみ思いました。
プロフィール

choal29

Author:choal29
酒と料理をこよなく愛するシステムエンジニアです。
食卓応援サイト「Gの食卓」を運営しています。
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