夏をあきらめないで

日本は四季のはっきりした国ですので、小説や映像世界でも季節感がくっきりと出た作品がたくさんあります。
夏を題材にした作品で僕が一番に思い出すのは大林宣彦の「異人たちとの夏」かな。二十年前に亡くなった父を浅草の演芸場で見かけた主人公。彼にいざなわれて主人公は昔両親と暮らしたアパートに──もうとうになくなったはずのアパートにやってきます。そこには懐かしい母もいて……。ノスタルジックで切ない出来事をむせ返るような夏が鮮やかに演出してくれます。
それから、細田守の「時をかける少女」、「サマーウォーズ」。どちらも、くっきりとした青空が印象的。特にサマーウォーズは大勢の親戚が集まる田舎のお屋敷(無駄に広い)の雰囲気が多くの人の原風景と重なって郷愁を誘います。
あと、「サマータイムマシン・ブルース」大学のサークルボックスに突如タイムマシーンが現れ、「なら、昨日壊してしまったクーラーのリモコンを取ってこよう。この暑さ、マジやってらんねぇ」などとくだらないことにマシンを有効活用しようとするコメディ。大学のゆるいサークルの雰囲気がよく出ていて、「あー、こんな過ごし方してたよなぁ」とニヤついてしまいました。
番外編は松本清張原作の「砂の器」かな。本編は特に夏が強調されているわけではないのですが、丹波哲郎と森田健作が演じる刑事たちが歩く未舗装で砂埃の舞う道路がはるか昔の日本の夏を思い出させてくれます。そうそう、昔の道路ってアスファルトじゃないところがいっぱいあって土の匂いがしたんだよなぁ。

この季節になるとネットのニュースは連日のように「今日も暑いよ」と告げてくれます。それに対するコメントは夏に対する呪詛のオンパレード。「早く秋になれ、冬になれ」ってね。けど、僕はこの国の蒸し暑い夏が大好きです。だって、スイカや桃が美味しく食べられるのは夏だからじゃないですか。夕方、少し暗くなった頃に涼やかなグラスに冷酒を張って窓際で夕風に吹かれながら呑む楽しみは夏にしか味わえないじゃないですか。道を歩いていて打ち水を見かけるとついつい寄っていって思わずむせそうなくらいのもわっとしたアスファルトの匂いを嗅げるのもこの季節ならではのことじゃないですか。そして何より、夏は他の季節よりずっと強く遠い昔を思い出させてくれる季節だと僕は思うのです。それは、春や秋や冬が判で押したような学校生活を過ごしていたのに対して夏は何をしてもかまわない夏休みがあったからかもしれませんね。
今の僕らは少し想像を膨らませて楽しむということを忘れてしまっているのかもしれません。けどね、エアコンを切って外の暑い風を部屋に入れましょう。しっかり帽子を被って外に出ていきましょう。そしたら、日射病になるよと言われながら(熱中症という言葉は僕の子供の頃にはなかったな)友達との待ち合わせ場所に駆けて行ったあの頃の思い出が蘇って来るかもしれません。
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いつのDNA?

父は立つと後ろ手を組むクセがありました。自覚はないのですが、僕も立って歩けるようになるとやはり後ろ手を組んでいたらしく家族は「誰が教えたわけでもないのに」と笑っていました。そんなささいなクセまでDNAに刻み込んで子に伝える──遺伝という仕組みはかなりマメなようです。
そういった無自覚な動作のようなクセは三つ子の魂百までと言われる通り生涯を通して変わらないものなのかもしれません。少なくとも僕は今でも気がつくと後ろ手を組んでいることがあります。そして笑えることに二人の娘たちも同じクセを持っています。けど、人の考え方やそれに基づく行動様式はどうでしょう? 子供の頃の僕と今の僕では考え方はずいぶん変わりました。つまらない見栄や意地を張らなくなりましたし、できないことはごまかさずできないと公言するようになりました。その方が後々いらぬ取り繕いをしないで済むことを学習したからです。でも、それができるようになったのって三十を過ぎてからじゃないかな。僕は32歳で結婚しました。長女が生まれたのはあと2ヶ月で34歳になる1998年の1月。次女が生まれたのはその3年後です。それから彼女たちの成長を見てきたわけですが、意外に外聞を気にしない。つまらない見栄や意地を張らない。そう30を過ぎてようやく僕が身につけた気質を最初から持っているのです。
DNAというのは生まれる時に親から引き継いでそこに刻まれた情報は生涯変わらないものだと思っていました。けど、もしかしたら成長していろいろな人に出会って性格や行動様式が変わればDNAも書き換えられるものなのかもしれないと最近思うようになりました。そして次の世代に引き継がれるのは親が生まれ落ちたときのDNAではなく、その子が生まれた時点での「書き換えられた(=成長した)」親のDNA情報なのではないでしょうか? この考え方はダーウィンが唱えた進化論に照らすと実に理にかなっています。次世代に引き継がれるDNA情報が前世代の生まれた時点のものであったならば何世代経とうがずっと同じままです。これでは生物としての人は進化することはありません。けれど生まれてから30年の時を経て書き換えられ続けたDNA情報を子が引き継ぐのだとすればその子供は生まれた時から親より30年分進化しています。その子供がまた30年成長して次の子供を生む時には更に30年進化した子供が生まれます。これを繰り返すことで初めてDNAのバトンリレーは意義のあるものとなり人は進化し続けることができるような気がします。

昭和に戻りたくない理由

5ちゃんねるのスレッドが立ったりしてネットで今話題になっているのが「昭和に戻りたくない理由」というネタだそうです。恐らくは「昭和は良かった」「あの頃に生きてみたかった」といったつぶやきを見た誰かがそのアンチテーゼとして立ち上げたんじゃないかなと推察します。
ちょっと覗いてみると挙がっている意見がなかなか面白い。
「スマホがない」、「インターネットがない」、「携帯電話は2.5kgもした」など今の利便性を失いたくないというごもっともな意見。
「先生の体罰は当たり前だった」、「学校も社会も謎ルールが多かった」、「セクハラ、パワハラは当たり前」といった社会の風潮を嫌うもの。正論を吐くと「細かいこと言うなやガハハハ」の一言で一蹴される風潮は僕も嫌いだったな。
中には「みんな就職できたのはちょっとうらやましい」なんて意見も。えと、いつの時代の話をしてます? って聞きたくなっちゃった。昭和で就職が楽にできたのは高度成長期の60年代か昭和の末のバブルにかかろうとしていた頃だけですよ。戦前も戦時中もそれなりに厳しかった。戦後すぐは就職以前に生きるのが大変な時期を過ごしたし、70年代に入るとオイルショック、ニクソンショックが相次ぎ、70年台後半は大不況で空前の就職難でした。
あるいは「バブルの前か中か後かで違うな」なんていう歴史をもう一回勉強してきなはれと言いたくなる意見もありました。昭和は64年が明けて6日目に終わりを迎えます。実質1988年までが昭和。バブル景気がやってくるのはその後、バリバリの平成になってからです。
総じて感じたのはあの頃は良かったという意見も悪かったという意見も少なからずデフォルメされたイメージで語られているようで現実とはちょっと乖離している気がしました。ま、人間の記憶は時間が経てば経つほど書き換えられていくので当然の帰結ではあるのでしょう。
僕自身はあまり戻りたいとは思わないのですが、それはあの頃にネガティブなイメージを持っているからではありません。東京オリンピック(昭和39年)の年に生まれてから54年生き続けて来ましたがあの頃と今は僕にとって地続きで遠い世界のできごととは思っていないからです。端的にいうと何も変わってはいない。科学技術は進歩したし、文化や流行も変化しました。けどね、今でも白いご飯にめざしと味噌汁を食べて「旨いなぁ」と言ってるし、昭和39年でも平成30年でも僕は僕。ずっといっしょです。
顧みればあの頃の方が良かったことも悪かったこともあるでしょう。けどね、なんで戻りたいって思うかな? それって自分で料理をせずにレストランの椅子に腰掛けて「これが食べたい、あれが食べたい」って注文するのと同じ発想じゃないですか。もし本当に「あの頃のほうが良かった」と思うのであれば今を変えましょうよ。あの頃の良かった一面に近づけましょうよ。大きなことはできないかもしれないけれど、譬えば夕飯を家族みんなで食べることなんてちょっと頑張ればできると思うのです。コンビニで出来合いのものを買ってくるのをよしてあの頃お母さんが作ってくれた惣菜を作ってみましょう。ご近所の人と顔を合わせたら「こんにちわ」って挨拶しましょう。電車で姿勢を正して立ち文庫本を広げるなんて今日からでもできることですよ。
「過去と他人は変えられないけど、未来と自分は変えられる」アニメにもなった少女漫画(うん、昭和の響きだ。平成だと少女コミックかしらん)、「あまんちゅ」に出てくる言葉です。実に正鵠を射ていい言葉──戻ることはできないけれど、自らが変えようと思えば今からだって未来を昭和にしていくことはできるのです。

若しもかの星に

大学時代に歌った男声合唱のスコアでこんな楽曲がありました。
若しもかの星に 百田宗治
もしもかの星に、
 夜の空の遠い一つの星のなかに、
 取残された一人の人間が居るならば、
そしてもし彼がそこから
吾々のこの世界を見るならば、
 吾々の、
この賑やかで樂しげな
地上の世界をみるならば、
おゝおそらく彼は孤獨に狂ふだろう、
 聲はり上げて叫ぶだらう、
 絶望の叫喚を投げるだらう、
 彼はそこから飛び降りたく思ふだらう、
が、彼はなほそこに止まらねばならぬ、
して、日夜、
 彼はたゞ獨り
この繋がりなき距りを見ねばならぬ、
そこに彼は生きねばならぬ、
あゝ若し吾々の一人がかゝる
おそろしい絶望のうちに生きるならば、
おゝ然して彼が尚ほ生きるならば‥‥。

ロビンソン・クルーソーも真っ青な恐ろしいシチュエーションですが、彼がこの詩を書いたのは第一次世界大戦が終わったばかりの大正時代。その豊かな想像力には畏怖すら感じます。

僕は昨年、病を得て入院し、職場に復帰すると元の部署には戻れず(ま、そんな状態で客商売はできないですよね)、わりとぽつんと取り残された状態の業務になりました。今また、体調を崩して在宅勤務にシフトし、朝から晩まで小さな部屋の中で暮らす日々。人と言葉を交わすこともなく(って、咳がひどいからそれはありがたいのですが)、今の自分ってこの詩に出てくる男によく似てるよなぁとふと気付きました。幸か不幸か僕は想像力、空想力は配って歩けるくらい持ち合わせていますのですぐに「いや全然ちゃうやろ」と気付きました。家を出れば大勢の人が歩いている、行きつけの呑み屋もあれば、家族に電話やメールをすることもできる。家の中にいてさえネットの友人たちと会話することもできる。そんな恵まれた境遇のロビンソン・クルーソーがいてたまりますか。

けれど中には自らを孤独の闇に追い詰めこの詩の男のように狂う人もいるようです。
新幹線で刃物を振り回して乗客を殺めた男がいました。
警官を殺して奪った拳銃で更に小学校の警備員を殺した男がいました。
ネットで揶揄されたと怒り、一面識もないITセミナーの講師を刺殺した男がいました。
彼らは立場も境遇も様々ですが、共通することが一つ。自分は孤独だと思い込んでいたこと。本当は家族もいれば職場の同僚もいたにも関わらず、闇雲に自分は孤独だと思い詰めていたこと。もし、彼らに一片の想像力が残っていて周りをもう一度見る余裕があったならば。深呼吸を一つして周りを見直せば決して自分は孤独でないことに気付けたならば。自分は孤独だという呪詛の言葉は単に現状から逃避するための安易な詭弁にほかならないと思い至っていれば。事件は起きなかったかもしれない──そう思うと残念でなりません。
一週間、在宅勤務をして人恋しくなったので昨夜は駅前の馴染みの店に顔を出しました。旨い日本酒を戴きながらふと30年前に出会った詩を思い出し、この男ともろもろの事件の犯人はどこか似ているなとふと思った次第。けれど、似ているのは想いだけであって境遇はまるで違います。彼らはこの詩の男のように真実の孤独の中になど身を置いていません。ただ、現実から逃避したくて安易に自暴自棄に身を任せただけです。願わくば似たことを胸に秘めている殺人者の予備軍たちに一片の想像力があらんことを。切に願ってやみません。

鎮める

はれのひ事件に始まり、首相と学園をめぐる愉快な仲間たちの茶番劇、レスリングのパワハラ、日大の危険タックル、かぼちゃの馬車……枚挙に暇がないとはこのことかしらん。今年はあとからあとから悪い大人、無責任な大人の見本市が24時間営業で開かれているようです。ま、大人というのもおこがましくてあの人たちは子供のまま数十年を生きてきたのでしょうね。だから糾弾されても不貞腐れた顔をして拗ねるだけ。
けど、怒りに任せてブログに言いたい放題を書くというのは如何なものか。身近な事例では特定の弁護士に根拠のない懲戒請求を繰り返して名誉毀損で訴えられている事件があります。あれも大半の被告はネット上のブログの内容をなんら検証せずに鵜呑みにしたのが発端。「だって、本当のことが書いてあると思ったんだもん」と開き直る姿はやはり無責任な大人──というより無知な子供そのものです。
インターネットの文化は空前のボーダーレスを実現しました。書こうと思えば首相にメールを送ることだってできます。誰にプロモートしてもらえなくても勝手に歌やダンスや小説などを多くの人に披露することができます。だから勘違いしてしまうんじゃないかな。発信するのは僕らの自由であり権利であると。匿名で発信するのだからその行為の責任を問われることはないと。けどね、それは体のいい詭弁。誰がやったかわからないだろうという開き直りを免責にすり替えているだけで、もちろん免責されるはずはないのです。

今日は朝から梅雨空。ぼんやりと窓打つ雨を見ているとなんだかそういった世事も遠い国の些末なできごとに思えてきます。相変わらず腹立たしいことや理不尽なことは起き続けているし、これからも絶えることはないのでしょう。けどそれは数千年の人類の歴史の中で繰り返されたことで今更取り立てて騒ぐような話ではありません。怒りに任せた想いを発信するその前に、静かな梅雨空を思い出しましょう。なんだか馬鹿馬鹿しくなってそんなことに時間を割こうとしていた自分が滑稽に見えませんか。それよりは今日の朝食に何を食べるかの方がずっと重要だって気になりませんか。長い目で見れば怒りは発散するよりも鎮めたほうが自分のためにも他の人のためにもなることを僕らは肝に銘じるべきなんじゃないかなとふと思った日曜の朝でした。
プロフィール

choal29

Author:choal29
酒と料理をこよなく愛するシステムエンジニアです。
食卓応援サイト「Gの食卓」を運営しています。
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