つるかめつるかめ

こち亀のネタに血液型占いの話があって、例えばわりと悪く言われるB型の人は自らB型体質になっていくという説が紹介されていました。「自己中心的」だの「マイペース」だの「気分屋」だの「ワガママ」だのと言われ続けていると意識がそっちに引き寄せられて知らず知らずのうちにそういった性格に変遷していくというのだそうです。結構、当たっている気はして頷いてしまうのですが良くも悪くも人間って一つ事を意識しだすとそっちに寄っていってしまいますよね。
例えば、高い崖の上に立っていると危ない危ないと思いながら崖っぷちに寄って行って下を覗いてみたくなるとか……って、ちょっと違うか?
似た例で昔から不吉なことを見たり聞いたりした時に「つるかめつるかめ」と口に出して言うという風習があります。これは縁起の良いものを口にすることで不吉なことが寄ってくるのを防ぐという一種の迷信なのですが、実効果もあると思うのです。敢えて「つるかめつるかめ」と口に出して言うことで不吉なこと、危ないことを意識しそちらに近寄ってはいけないと注意するようになりますし、場合によっては遠回りしてでも危ない道を回避します。また、それを聞いた人も同じように意識して注意を怠らないようになるかもしれません。病は気からなんてふうにも申しますが、人の意識ってその人の行動を知らず知らずのうちにコントロールする力を持っていると思うんですよね。
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あなた任せ

多くの職場環境で人手不足とそれに伴う過重労働は深刻化しているようです。SNSのニュースでも再三取り上げられていて様々な意見が寄せられているのですが、ぞっとしないのはあなた任せの意見が多いこと。おしなべてまとめるとこんな感じの意見。

会社のトップが無能だからだろ。土日は休ませろよ。

この意見を投げた人って、ホントに土日休みたいと思ってるんですかね。僕にはとてもそうは思えないのですが。残業過多は雇用者にとっても被雇用者にとっても頭の痛い共通の課題だと思うのです。雇用者はその分余計な経費がかかるし(残業代未払いでも電気代諸々はばかにならないんだよ)、被雇用者はプライベートの時間を削られるし、何よりモチベーションが下がる。つまり、一緒になって知恵を出し合って解決すればみんながハッピーになれるはずの課題なのです。なのに、「僕は悪くない。僕じゃない誰かが悪い」なんて、どの口が言うんでしょうね。
プロジェクトにおける課題解決のコツは2つあります。
原因を他者ではなく自分の中に求めること
他者に原因を求めちゃうと事の解決はまず間違いなく行き詰まるのです。だって、他人の何かを変えるなんてそうそうできることじゃないから。けど、自分の中の何かを変えれば解決するという答えが見いだせればハードルはぐっと下がります。自分は自分を変えられますから。

課題に対して他のステークホルダー(=プロジェクトの関係者)と対立するのではなく一緒になって解決に取り組むという姿勢を貫くこと
端的にいうと会議の席で対面にテーブルを並べるのはお薦めできません。相手の顔を正面から見据えるスタイルは敵対関係を生みます。なんとなく対立しているような気がする。利害関係が相反している気がする。相手に責任をなすりつけたくなると何も良いことはありません。
逆に全員が視線を会議室正面のホワイトボードに向けて、この場のみんなでホワイトボードに書かれた課題を解決するんだという空気が作れればそれだけで課題は8割方解決したも同然なのです(ホントだよ)。

残業や休日出勤が多いのは人手が足りないから、ひいては現場の大変さを理解できていないトップが無能だからとコメントするのは愚痴に過ぎません。「お小遣いもっとあげてよ~」と親に駄々をこねる子供となんら変わりはありません。そういう子供が、お小遣いを上げてもらうためにはどうしたら良いか。お小遣いを上げることで親にどれだけのメリットがあるか。一度でも真剣に考えて親を説得したことがあるでしょうか。ましてや、残業の削減は雇用する側にとっても悲願なのです。本気で残業を減らしたいと社員が望んでいるのなら、あなた任せな愚痴は一旦棚の上に上げておいて、そのための具体的な方策を会社のトップに提案するほうがよほど建設的じゃないかなと思う次第です。

振り返らない合理性

システムエンジニアという仕事柄、日々いろいろなお客様とお会いしていろいろな会話をします。
中にはこの人にはかなわないなと思わせる頭の切れる方もいらっしゃいまして……
あれは僕がまだ社会人5年目くらいだった頃でしょうか。とあるお客様の運用担当者の方がやはりとてもクレバーな方でした。打ち合わせの席で「ああ、だったらこうですね」と結論をぽんとおっしゃるのですが、こっちはポカンとするばかり。
え? なんで? なんで、この話の流れでその結論になった? 理解できていないまま会話は進み、10分くらいしてから、

あああああっ

やっとわかった。その方が結論に至った筋道が。てなことが、しばしばありました。まるで、大人と子供の徒競走。とっとと、ゴールインしてしまっているその方は手持ち無沙汰そうにしながら、こっちが必死こいて走ってくるのを待っておられるのでした。
何か問題が起きた時の対応も際立っていました。「誰の責任だ?」といった追求を一切されないのです。ただ一言。

で、どうするの?

と尋ねられるだけ。起きてしまったことに対して「なんでこんなことが起きるんだよぉ」とぐちぐち言ってもなんの益もないということを知り尽くされていたんでしょうね。起きてしまったことは解決するしかない。と思い定めて後ろは振り返らずただ前に進んでいく、そんな人でした。
あれから二十数年経ちますがあれほど合理性の塊のような人にはついぞ逢ったことありません。僕より少し年上でしたから、そろそろ定年が迫っている頃かな。今頃どうしておられるかしらん。
とまれ、彼はSEとして独り歩き始めたばかりの頃の僕を育ててくださった方の一人に間違いはありません。

恐怖の一眼国

小説のネタ帳にこんな手控えがあります。
朝、家を出て駅に向かう道すがら、前を数人の男性が歩いている。いつもと変わらない風景。けど、前を歩いているのがこうだったらどうだろう?
歩いているのが全てOL:結構、違和感がある。れれれ? 家を出る時間を間違えたかなとか。
歩いているのが全て外人:これもかなり引く。道を聞かれたらどうしよう。
歩いているのが全て幼児:遠足でもあるのか? 引率の先生はどこだ?
歩いているのが全てお相撲さん:これは圧迫感と恐怖を感じる。
歩いている女性が全て同じワンピース姿:で、色違いとか。
これは発想力を鍛える課題で、時々思い出したようにシチュエーションを書き足しています。違和感の根源は非日常、いつもと違う景色であるということ。普段はサラリーマン風のおじさんが駅に向かっているのが当たり前でそれに女性がちらほら。ところがおじさんが全く歩いていないというところがミソです。
で、この光景に恐怖を覚えてしまう根源は何かというと「全て○○」であること。○○は自分と違う属性を持つ何かで、外人だったり幼児だったりするわけです。

世界中、もしかして自分以外は全て○○になっちまったんじゃないか?

この想像に恐怖を覚えるわけですね。
落語のネタに一眼国というのがあります。目が1つの男が捕まって見世物小屋に出される話。その男から彼の故郷では誰もが目を1つしか持っていないという話を聞いた男が一山当てようとその彼の故郷に向かいます。そこで、1つ目人間を捕まえてこっちの見世物小屋にかけようって考えたんですね。ところが、その国に入った途端、彼のほうが捕まってしまいます。「おい、二つ目の男がいるぞ。珍しいじゃないか、見世物小屋にかけようぜ」と騒がれるわけです。
なかなかブラックなオチの噺ですが、このネタの肝は「常識は案外、多数決で覆される」ということです。自分が勝手に「目は2つあるのが当たり前」と思い込んでいるのは自分の身の回りに一つ目の人間がいないからなだけ。周りが一つ目だらけになった途端、その常識は非常識になってしまうのです。

一眼国はもちろん創作された物語ですが、似た体験は現実世界でもできます。例えば、道を歩いていて遠足に向かう園児の集団に紛れてしまった場合、駅のホームで小学生の遠足とカチ遭った場合、身の置き所がなくてなんだかむずむずします。
僕も娘(女子高生)の学園祭に出かけたことがありますが、見た目は華やかだけど身の置き所がないものです。この集団の中で自分が異分子だと無言で指し示されてる気になるんですよね。

プロに挑む覚悟

知人(=男性)のお嬢さんが声優になりたいと言ってるんだが、という相談を受けたことがあります。
彼は休日には競馬かパチンコあるいは麻雀かゴルフと言った典型的なおっさんで、アニメの世界のことなんてよくわからないけどどうよ? と言ったノリの相談でした。
で、こういう相談に対して受けた僕の方が独断で結論を与えるのは無責任だと思いますので、判断材料を与えることにしました。
まず、ポジティブに考えれば夢を追うことは彼女にとって必ずプラスになる経験だと思うと伝えました。彼女はまだ十代。なら、何年か夢に傾注したって悪くない。夢が叶うにしろ叶わなかったにしろ、得た経験はその後の人生の大きな糧になると。
次にネガティブな意見として声優になれることは万に一つもないと伝えました。いくら深夜アニメが隆盛を極める産業で1クール(3ヶ月)に作られるコンテンツが数十はあると言われるご時世でも声優や声優予備軍は数万人とも言われます。1コンテンツの登場人物が平均十人前後と見積もっても椅子はたったの数百。百人以上で一つの椅子を奪い合う椅子取りゲームなのだと。しかもその業界には実力が新人とはかけ離れたベテランもいて売れっ子の彼らがメインキャストをほぼ独占しているのが現実なのだと。
彼女に直接アドバイスする機会があればこんな例え話をするんじゃないかなと思います。

「君がベストと思える声優を一人挙げなさい。そして、その声優の当たり役を挙げなさい。その役をその声優と競って勝てるのなら、君は声優になれると思う」

例が古くて恐縮ですが、例えば能登麻美子とオーディションで競って、閻魔あいや黒沼爽子の役を奪い取れるか? という話です。いやいやいや、それはいきなりハードルが高すぎでしょ。と言われるかもしれません。けれど、現実のオーディションの現場ではそれが日常茶飯事なのです。新人声優や声優の卵は何十回とオーディションを受けて全部落ちてやがて声優になることを諦めていくというのがほとんどというのが現実なのです。
芸事の世界は一歩足を踏み入れた瞬間からプロに挑み続けなければならない過酷な場所です。運良く芽が出てそれなりに売れ始めると周りから足を引っ張られます。いくつになっても自分に挑んでくる後続と芸を競い続けなければならない業を背負います。足を踏み入れることはできても脱落せずに居続けるのは非常に困難な世界なのです。

それでもやってみたいというならば、僕は彼女にガンバレとエールを送ります。声優は声を使って人の心を想いを届ける仕事。たとえ、いつか挫折する日が来るとしても、そこで覚えたプレゼンテーションの技術は現実社会もきっと役に立つと思うんですよね。そして何より、そこで泣いたり笑ったりした経験は人生の宝物になると思うからです。
プロフィール

choal29

Author:choal29
酒と料理をこよなく愛するシステムエンジニアです。
食卓応援サイト「Gの食卓」を運営しています。
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