星の光

アニメ業界の深刻な人材不足が叫ばれて1年以上が経ちますが蓋を開けてみると2018年冬アニメは大豊作だったような気がします。僕的にダントツは「宇宙よりも遠い場所」(女子高生たちが南極を目指すというそれだけ聞いたら荒唐無稽なお話ですが、地に足の着いたストーリーでそのくせドラマ性も抜群という佳作です)なのですが、それ以外にも名作が目白押しです。
ヴァイオレット・エヴァーガーデン
 殺人兵器として戦場を駆け巡っていた少女が戦後、感情を取り戻す物語。絵の美しさはさすが京アニとしか言いようがないですが、行間を読ませる感情移入を抑えたシナリオも秀逸
ゆるキャン△
 冬キャンプを楽しむ女子高生を描いたまったり系。アニヲタが喜びそうな要素を詰め込んでいるのが些か鼻につきますが肩の力を抜いて楽しめます。
からかい上手の高木さん
 中学生の甘酸っぱい恋模様を描いた佳作。壁を殴りたくなります。

など、ほかにも恋は雨上がりのように、ラーメン大好き小泉さん、たくのみ。、意外なダークホースだった博多豚骨ラーメンズ、そしてさまざまな物議を醸し出し続けている規格外アニメのポプテピピック(誰かが起承転結の転しかないアニメって言っていたけど言い得て妙だと思う)、作り手の気概がひしひしと伝わって来る力作ぞろいです。
以前、SHIROBAKOというアニメ制作をテーマにしたアニメで知ったのですが1クール、12話のアニメ制作を行う期間としては10ヶ月というのはなかなか厳しいらしく、できれば1年欲しいところらしいです。つまり、今アニメファンを楽しませている作品達は去年のお正月くらいには制作が始まっていたということ(もっときついスケジュールのものも多々ありそうですが)。これはアニメに限らず芸術作品全般に言えることでしょうね。映画はクランクインしてから短ければ2、3ヶ月でクランクアップしますが当然それまでに企画を立ち上げ、必要な資材を調達し、脚本を書き、舞台となる場所のロケハンやら役者のオーディションなどなど膨大な時間がかけられています。
浅田次郎氏は蒼穹の昴を1年以上かけて脱稿されていますが、上梓したのはその3年以上後、編集者と侃々諤々の議論を繰り返し、練りに練って大作を仕上げました。

それを知らない観客は気楽なものです。部屋で酒でも飲みながらだらしのない格好で批判混じりに鑑賞してるだけなんですから。その批判のやりだまに上がったワンカットが作られるまでには本編を凌駕する壮絶なドラマがあったかもしれない──なんて想像を働かせる人は皆無だと思います。
夜空を見上げると瞬いている星の光は実は何十年、何百年前のものだということを我々は知識として知っています。けれど、その光が星から放たれてまっすぐに宇宙を飛び続け、やがて地球に届くまでに要した気の遠くなるような時間に想いを馳せる人は案外に少ないんじゃないでしょうか。
今宵、アニメをドラマを映画を観ようかなと思い立ったら、ほんの少しでいいからその作品が完成するまでにかかった膨大な時間を、驚くほど多くの人を思い出してみて下さい。作品の味わいがそれだけでぐんと深くなるかもしれません。
スポンサーサイト

2018年冬アニメ展望

2016年の秋ごろから、「アニメの2017年問題」が叫ばれ、このままいくとアニメーターの数が全く足りず多くのアニメが万策尽きてしまうと言われてからはや一年。気が付けば2017年も暮れて新しい年が明けています。「なんだ、騒ぐほどのことはなかったじゃん」──2017年を振り返ってお気楽につぶやくファンもいるかもしれません。けど、それは制作者がプロの矜持を胸に身を削って叩き出した結果であって何もなかったはずはないよなぁと僕は思うのです。
明けて2018年の冬アニメは告知されているだけで51本。去年の冬アニメより更に10本多い勘定になり、をいをい大丈夫かよと他人事ながら心配しております。とはいえ、楽屋裏の事情はわかりませんが、少なくとも放送されるアニメはかなりの豊作。相変わらず頑張ってるなぁと感心するとともに心から応援しております。
今期の一押しはなんだろうとつらつら考えたのですが、やっぱりこれかな。
『宇宙よりも遠い場所』
遭難した観測隊員を母に持つ女子高生が南極を目指すというお話で原作なしのオリジナルアニメです。以前トリビアの泉でやってましたが「(地表から)宇宙までの距離は東京~熱海間(100km)とほぼ同じ」だそうですので、確かに南極は宇宙よりも遠い場所なんですよね。女子高生が南極ってリアルではどう考えたって無理でしょというあたりを上手にフィクションに料理にしていて感心。加えて重たくなりがちなテーマを女子高生の青春モノに絡めてハイテンション、ハイテンポで視聴者を牽引していく力は見事と言うしかありません。
次に鳴り物入りで注目されていたのが京都アニメーションの『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。戦闘マシンとして戦場を渡り歩き感情を持たなくなった少女が終戦を迎え、民間の郵便局で働きながら愛の意味を知ろうとする物語。作画はさすがというしかなく劇場版クラスの出来です。ストーリーは感情移入を極力抑えて静かに静かに進行させているのでやや起伏に乏しいのですが山場はこれからのお楽しみかな。これも一押しです。
甘酸っぱいラブストーリーがお好きな方には「恋は雨上がりのように」がお勧め。陸上の夢を事故で諦めざるを得なくなった少女がファミレスの店長(ぱっとしない中年)に恋をする話です。下手に舵を切るとどろどろした展開にハマっていきそうなシチュエーションですが見事に爽やかなテイストに仕上げています。自分的には舞台が横浜でご近所がたくさん出てくるのも楽しい。
変化球の学園モノだと『からかい上手の高木さん』。こちらは中学生が主人公。隣の席の高木さんにいつも手玉に取られて顔を真赤にしてしまう男の子がなんとか彼女に一泡吹かせようと奮闘する話なのですが、観ていてニヤニヤが止まりません。
認知度は低いけどラノベの頃から注目していた『博多豚骨ラーメンズ』も良い感じの滑り出し。街の人口の3%が殺し屋という架空の街「博多」を舞台に、様々なタイプの殺し屋の死闘を描いた物語。ちょっと伊坂幸太郎のマリアビートルあたりを彷彿とさせます。
作画の完成度はイマイチで(というか低予算なんだろうな)毎回残念な感じなのですが、前作がお好きな方には「バジリスク ~桜花忍法帖~」もお勧めかも。前作で死闘の末に全滅した伊賀と甲賀の忍者たちの後日談です。
そして、社会現象になりつつあるクソアニメ『ポプテピピック』も外せません。いやね、何が面白いのかさっぱりわからないのについ、何度も観てしまう中毒性。「どんな話?」と聞かれても説明のしようがないカオス度。次世代のギャグアニメかくあるべしという作品なのかもしれません。

おそらくはアニメ制作現場が危機的状況であることは変わりなく、根本的な解決にはまるで至ってないと思います。けど、そんな過酷な状況の中で良作を生み出しているスタッフの方にエールを送るとともに今期もアニメを楽しませて頂きます。

とうに、衣食足りつ

2017年夏アニメの『異世界食堂』を見直しています。
ざっくりいうと、魔法や魔物(異形の者)も存在するファンタジー世界に週に一度、異世界(=現代、日本)の洋食屋に続く扉が現れるというお話です。その扉を通ってやってきた異世界の住人たちはオムライスやエビフライ、ロースカツ、チョコレートパフェなど見たこともない料理に舌鼓を打ち、やがて常連が増えていくという展開になります。ファンタジー世界側の世界観は中世ヨーロッパをモチーフにしていますから文明・文化レベルで言えば数百年のギャップがあるわけで驚くのはまあ当たり前。夢中になって食べる彼らの様子を見ているとこっちまでお腹が空いてきて、「あ、カツ丼食べたい」とか「明日は絶対メンチカツ定食にするんだ」とか思っちゃいます。

過日、『「普通」のハードルは上がったのか』といったネットのコラムを見かけました。昔は磯野家やさくら家(ちびまる子ちゃんの家)、野原家(クレヨンしんちゃんの家)などがこの国の普通だと言われておりましたが、現代ではあの生活レベルを維持できるのは既に庶民じゃない、もしやこの国における「普通」のハードルは上がったのではないかといった程の内容です。付いていたコメントを読むと「いや、多くの人の生活レベルが下がっただけ」だの「その日暮らししかできないような収入とは乖離した世界」だの、まあ例によって政治が悪い、社会が悪いと愚痴のオンパレードでした。けどね、ちょっと待って下さいな。そのコメントをどうやって入力しました? って聞きたい。パソコンだかスマホだか知らないけれど愚痴を言ってるあなたは自分用のネット環境を持っているじゃないですか。異世界の住人たちが見たらそれこそ魔法にしか見えないネットライフをあなたは当たり前のように過ごしているじゃないですかと言いたくなっちゃいます。恐らく、コメントをされた方でとんかつを一度も食べたことがない方やオムライス、エビフライの味を知らないと言う方もまずはいないんじゃないでしょうか。なのに、生活レベルが低いと言いますか?

ちょっと想像力をたくましくしてみます。異世界食堂の登場人物達は中世ヨーロッパファンタジー風に騎士や魔道士、商人や獣人といった面々なので料理に驚いているさまを見ても笑ってみていられますが、日本の中世、江戸期、あるいは戦前戦後の設定だったらどうでしょう。落ち武者や農民や浮浪児たちがオムライスやとんかつを食べて涙を流しているのを見ても笑っていられるでしょうか。少なくとも僕は見ていられなくなるんじゃないかな。なぜなら、それは間違いなく過去の我々、ついこの前までの我々の姿そのものだからです。ほんの数十年前までオムライスもエビフライもロースカツもチョコレートパフェも全然「普通」ではありませんでした。磯野家にとってもそれはごくまれに口にするご馳走だったはずです。それが今では「お昼はカツ丼にでもするか」と気軽に言えるようになっていませんか? 食べようと思えば今これからでもお財布を持って出ればオムライスが食べられるくらいの生活を多くの人が送ってはいませんでしょうか?
とうに、衣食足りつ──視点を少し変えてみると異世界食堂の常連たちは我々の生活レベルの高さを改めて教えてくれている気がします。『こんな旨い料理を「普通」だとぬかしやがるのか』、これ以上あんまり贅沢なことばかり言っていると、魔道士や魔物たちにどやされそうな気がしました。

ネームバリューの理不尽

2017年夏アニメに「ニューゲーム(二期)」がありました。
原作はゲーム会社のお仕事を基軸にした4コマ漫画だそうですが、結構リアルでシリアスなお仕事ネタもあり見ごたえがありました。二期というからには一期があったわけで、一期がヒロインの入社初日から始まるのに対して、二期は新作ゲームのプロジェクトにヒロインが参画するところから始まります。しかも、新作ゲームのアイデア出しで先輩達を差し置いて彼女のプランが通り、キャラクターデザインを任されるという大抜擢。キャラクターデザインはゲームの絵柄全般を決める重要な仕事です。例えば、同じ内容のゲームを作るにしても手塚治虫がキャラデをやるのとさいとう・たかをがやるのでは、全然違うゲームに見えちゃいますよね。現実にはそんなことあるもんか、なんてそしりはあるでしょうけれど物語としては胸弾む出だしでした。やがて、そろそろキー・ビジュアルを作らねばという話になります。キー・ビジュアルとは新作ゲームのお披露目に使われる絵。この絵とキャッチコピーだけで、これがどんなゲームなのかを購買層に伝えなければならない重要な商材です。その絵を観て、「あ、これ絶対買いたい」と思わせなければなりません。キー・ビジュアルも当然彼女が描く予定だったのですが、スポンサーから横槍が入ります。「既に何作もヒット作を飛ばしていて名前が売れている先輩社員が描くように」と。それを聴いて一番激怒したのはその先輩社員でした。「そんなことをしたら購買層にはあたしのゲームだと刷り込まれてしまう。(ヒロインの)デビュー作なのに彼女の名前がかすんでしまう」と。けれど、プロデューサーに窘められるのです。「どっちの方が売れると思う?」と。
これがゲーム同好会とゲーム会社の違いなのだと思います。好きでやっていれば良いのと売らなければいけない責任を背負って仕事でゲームを作っていることの差なのでしょう。購買層の心を掴めるのなら理不尽すら呑み込む。その頭の切り替えができなければプロとはいえないのだと思います。結局、コンペ(二人がそれぞれキー・ビジュアルを描いて良い方を採用する)という話になりますがプロデューサーに釘を差されます。「これは出来レースだよ」と。つまり、最初から先輩社員の案が通るのが決まった上でやると。けど、できあがったキー・ビジュアルを見比べるとヒロインの作品は良い出来だったのですが、僕のような素人目に見ても先輩のほうが上を行っていました。「出来レースなんて言わせない。実力で勝つ」という先輩の意地を感じましたね。それから後もヒロインの机にはずっと自分のキー・ビジュアルが飾ってありました。それは彼女の悔しさの証であり、腐らないための戒めであり、更に成長するためのバネだったのでしょう。
芸事の世界に本来年功序列はありません。実力があれば若かろうが主役を勝ち取れます。けれど、集客を考えた時、「無名」というのは恐ろしいものです。これは一種の博打で、良い芝居だったのにまるで客が入らず、興行的には大失敗となるリスクを含んでいます。それで劇団が傾いたりしたら本末転倒も良いところ。だから、既にファンが付いているベテランにどうしても良い役が回されます。無名なうちは実力では勝っていても涙を飲まなければならない局面が往々にしてあります。それで嫌になってしまえばおしまい。それでも倦まずにステップアップしていけば、いつかチャンスが巡ってくる可能性はあります(あくまで可能性ですが)。けど、どうしてもやりたかったあの役はもう回っては来ない。あの日立ちたかった舞台に立てることは永遠にありえない。それはネームバリューの理不尽という言葉と一緒にずっと心に刺さった棘になっていくのでしょう。けど、それをケロッと忘れるようではまた役者に奥行きが出てこない気がします。それぐらいの執念深さがあってこそ役に深みがでてくるのもまた事実なのです。

限界集落過疎娘

約2ヶ月遅れになっちゃいましたが春-夏2クールアニメの「サクラクエスト」を最後まで鑑賞しました。寂れた地方都市を活性化しようと奮闘する人々の群像劇です。制作はPA-WORKS。働く人々を題材にした「お仕事アニメ」で定評のある会社で、本作は「お仕事アニメ」第三弾になります。始まるまでは自分もネットの下馬評でもすっごいポテンシャルが高かったんですよね。なぜなら前作の「SHIROBAKO」が図抜けて良かったから。ま、SHIROBAKOの舞台はアニメ制作会社、それを観る人達って当然アニメーション作品が好きだから観ているわけである意味最初から視聴者の関心をかっさらっているちょっとずるいテーマではあったのですが。
で、蓋を開けてみると回を追うごとにネットのテンションが下がり続けて、正直僕も「もっとカタルシスが欲しいなぁ」と思いながら観ていました。正直、シャッター商店街やら限界集落の話は重たいです。主人公たちはそれを活性化しようとイベントやら何やら打つのですが、それで上手くいくなら現実の地方都市でそのまま真似するってという話ではあるのですが、どこまでいっても話の起伏がぱっとしないのです。これはあくまでもお話なのだから、劇的一発逆転があっても良いんじゃないかなと思っても彼女たちの作戦の成果はイマイチなまま。あまりの地味さに僕も一時期は足が遠のいてしまいました。
けど、SHIROBAKOが良かったこともあってもしや劇的なラストが待っているのではと後追いで鑑賞したのですが、良い意味で裏切られました。どうやら、僕はこの作品のスタイルを読み間違えていたようなのです。この作品はドキュメンタリーではないけれど、ご都合主義のドラマでもなく、あくまでも今そこにある危機を伝えて視聴者に「自分には何ができるか」を考えさせるタイプの作品だと遅ればせながら理解しました。なので、作品自体は劇的な結末を用意していませんし、正解も提示してくれません。それを考えるのはあくまでも視聴者。だから観る人を選ぶ作品になってしまって当たり前だったのです。
深夜アニメの視聴者の中には何も考えずにぼーっと観ていたら勝手に笑わせてくれたり、泣かせてくれる作品を期待する人が多くいます。なので、正直本作のDVD売上が伸びることはないだろうと思っています。けど、本作のテーマは誰かが今、世に問わなければならない大きな問題です。ビジネスとしては成功しないことを覚悟しながらこれを作った制作会社には拍手を送るべきだろうなと思います。

今、地方自治体はどこも人口流出が大きな問題になっています。若者が都会に出ていったまま帰ってこない。他所から人が引っ越してきてくれない。なので、じわじわ、じわじわ人が減っていく、人が減れば税収も減ってますます体力がなくなっていく。街を良くしたいと思っても先立つものがないのです。どうやったら、ぜひ住んでみたいと他所の人に思ってもらえるか? 多くの都市で多くの人が真剣に悩んでいます。今、ここで踏ん張らなければ5年後、10年後、地方都市は存続できなくなる──本作はそれを視聴者に伝えるため、敢えて劇的なストーリーを排し、過疎の問題にダイレクトにフォーカスを当てる演出を選びました。はっきり言って口当たりの良いテーマではありません。できれば、聞かなかったふりをしたいような話です。それでも一人一人が今、考え直さなければこの国は遠くない未来にとんでもないことになってしまう。そんな警鐘を鳴らしていました。
最終回、一点の明るい希望を残して物語は幕を引きました。けれど、これを観た我々はこれから先もこの問題から逃げられないというのが現実。実は、仕事で地方都市の過疎の問題に取り組み始めていまして、そういう意味では僕にとって実にタイムリーな教材になりました。また、観直してみようかな。
余談ですが、今日のブログのタイトルはSHIROBAKOの最終回で作中の制作会社で次回作として告げられるアニメのタイトルです。本作が始まる少し前、「あれはこの作品のことだったか」と噂になっておりました。
プロフィール

choal29

Author:choal29
酒と料理をこよなく愛するシステムエンジニアです。
食卓応援サイト「Gの食卓」を運営しています。
↓こちらもよろしく!!
http://diningg2011.web.fc2.com/index.html

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR