真実はいつもいっぱい

名探偵コナンの決め台詞「真実はいつもひとつ」というのを聞く度に違和感を感じます。理系の自分から言わせれば事実はいつもひとつだけど、真実は観測する人によっていくつもあるものじゃんと思ってしまうからです。
たとえば、殺人が起きて犯人が明かされたとします。

BさんがAさんをナイフで刺したことが原因でAさんが死に至ったのは『事実』です。

つまり『事実』の解明は客観的な視点から観測し因果関係を明らかにする科学的手法が取られているのです。

当初、BさんとAさんはCさんと三角関係にあり、痴情のもつれから殺人に至ったと思われていた。しかし、AさんはCさんの父親のことで彼女を脅迫していた。追い詰められたCさんを見かねたBさんが凶行に及んだのです。これがこの事件の真相です。

これがいわゆる『真実』というやつだと僕は思っています(言葉の定義だけの問題かもしれませんが)。たとえば、探偵がこんな風に解説したとしても、それを聞いて依頼人が納得したとしてもそれは主観に過ぎません。別にBさんの脳みそを解剖して確かめたわけではありませんので本当にBさんがそう考えていたかどうかは本当は分からないことなのです。
「いや、単にAが持っていた限定物のウォッチを盗もうとしたらあいつに見つかってさ。もみ合ううちに刺しちゃっただけなんだけどね。ま、いっか」Bさんが心の中で舌を出していてもそれは誰にも分りません。

ミステリーの中で探偵は二つの仕事を負います。まずは事実の解明。いつ、だれが、どこで、何を、どうやって行ったかを明らかにする。これが探偵の第一の仕事です。いわゆる5W1Hのうちの4W1Hがこれで解明されたことになります。では、残る1Wは何でしょう? そう、WHY(なぜ)=動機です。探偵の第二の仕事は依頼人の主観に立って納得のいく動機を示唆し、それが『真実』だと宣言することです。
こう書くと『事実』と違って『真実』は如何にも胡散臭く聞こえます。事実その通りで動機の解明なんてものは単なる後付け作業で胡散臭いことこの上ありません。でも、この探偵の第二の仕事にこそ作家の技量が問われると僕は思うんですよね。
5W1Hのうち、WHY以外はいわゆる『事実』というやつで五感で確認できる現象と言うものに属します。そこには人間の感情は一切さしはさまれません。ところがWHYだけは人間心理そのものの解明で、それをどう紐解くかによって、依頼人=読者の感情を揺さぶり得るのです。
いくら秀逸なトリックを用意しても、驚天動地のサプライズエンディングを用意しても、WHYの解明を疎かにするとその小説は内容の薄い絵空事めいてしまいます。逆にトリックは平凡でも、それをなした心理の解明が秀逸であれば読者の心を揺さぶることが可能です。
凡百の小説より奇なる『事実』を用意して驚かせるのがミステリーという小説ジャンルの趣向です。けれど、ミステリーが単なる推理クイズと一線を画するのは犯人が心に秘めた『真実』の解明にこそあると僕は思います。願わくば、残虐な殺人が繰り返されたとしても最後に一縷の希望の光を遺し、読者に生きる希望を与える小説であらんことを。これこそ僕がミステリーに期待する役割です。
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