おおつごもり

漢字で書くと「大晦」または「大晦日」と書きます。一年の最終日、つまり今日のことですね。
「おおつごもり」があるということは「つごもり」とか「小つごもり」もあるのかしらんと調べてみると流石に「小つごもり」はありませんでしたが、「つごもり」はありました。
毎月の最終日(太陰暦)だそうです。太陰暦は月の満ち欠けを基にした暦ですが、「つごもり」は「月隠り(つきごもり)」から来ているようです。翌日は「朔」。新月の日です。
同じ日を指す言葉で「みそか」、「大みそか」というのがありますが、こちらは三十日という意味です。太陰暦では小の月は29日、大の月は30日だったんですね。

井戸は車にて綱の長さ十二尋(ひろ)、勝手は北向きにて師走(しはす)の空のから風ひゆう/\と吹ぬきの寒さ、おゝ堪えがたと竈(かまど)の前に火なぶりの一分は一時にのびて、割木(わりき)ほどの事も大臺(おほだい)にして叱りとばさるゝ婢女(はした)の身つらや、

今では著作権の期限が切れて青空文庫で読めるようになりましたが、樋口一葉の短編に「大つごもり」というのがあります。大晦日に奉公先での借金を申し入れそびれて引出しから2円を盗んでしまうヒロインの苦悩を描く作品ですが、一葉とヒロインの生活ぶりが重なってなんともいえない悲哀を感じます。
しかし、こうやって読み返してみると句点「。」を書かない彼女の文体は息継ぎをせずに潜水をしているようなもので、どこまでこの文章は続くんだ~って気になりますね(最後までこの調子なのですが)。

この小説は1894年に発表されたものだそうですので、明日年が明けれて2014年になれば、数えて丁度120年前。そのわりには古びない印象を受けます。
作者の一葉は貧しい暮らしの中で若くして亡くなったのですが、苦労し続けたそのお金にまさか自分の肖像画が印刷されることになるなどとは夢にも思わなかったでしょう。なんだか、皮肉な話しだなぁとしみじみ思います。
スポンサーサイト

お留守番

甥っ子が先ごろ運転免許を取ったとかで、母上を引き連れて先ほど神戸空港にドライブに出かけました。いざとなれば(?)母上が運転をチェンジする目論見らしい。ちなみに母上は30年選手のベテランドライバーで、ここ十数年はランクルを乗り回しております。元気だ~

で、僕は何をしているかというと(ブログを書いているというのは置いておいて
宅配の人が来るらしいので一人でお留守番をしております。なんでも、注文していたおせちが届くのだそうな。

おせちといえば、子供の頃は祖母の陣頭指揮の下、尋常ではない量のおせち料理を作っていた記憶があります。いくら7人家族だからといって、黒豆をでかいどんぶりに二杯とか、誰が食べるねん
毎年、松の内を過ぎた頃にはどんぶりをはさんで険悪な空気が流れるのが我が家の冬の風物詩でした。
とはいえ、概ね30日くらいにはおせち作りも完了して、大掃除もつつがなく終了し、女性軍はいっさい働かなくなる。そんな光景を見ると「ああ、お正月がくるんだなぁ」と思ったものです。

月日は流れてさすがの母上もとうにおせちりょうりを作らなくなり、専らお取り寄せ。にしても、なかなかやってきませんねぇ>宅配の人
もしかしたら、今日は宅配の人はいやになるほどおせち料理を配り歩いているのかな???

帰省しました

えと、午前5時に起きて帰ってまいりました。久々の神戸です。
って、相変わらずPCに向かってブログを書いているようでは横浜も神戸もたいした変わりはないのですが

今日は夕方に嫁の実家に顔を出し、夜は知人と飲み会、とわりとタイトなスケジュールが続きます。明日からは久しぶりに料理からも開放されてゆっくりできるかな
そして、ホント久しぶりなのですが今年は神戸で年を越すことになります。神戸では元日の午前0時から5分間、港に停泊中の船舶が一斉に汽笛を鳴らすんですよね(今も変わってなければたぶん)。今年は久しぶりにあの汽笛を聴きながら新年が迎えられます。

そういえば、横浜では23:55~00:00までの5分間、汽笛を鳴らすというネタがガラスの仮面にあったけど、そちらの風習も今でも続いているのかな???

Uターンラッシュ

なんとなく予想はしていたのですけど、新幹線の予約はもっと早くに取るべきでした

先週の日曜に「そろそろ、切符の予約でもすべえ」とネットでアクセスしたら……

ない。全くない。座席がない。

これが噂のUターンラッシュというやつなんですね。凄いですねぇ……、ってどうやって帰るよ?
徒歩???(いや、着く頃には松の内も過ぎている。つか、着く自信が全くない)
自転車? 無理
車? 持ってない。
夜行バス? 翌日まるごと無駄にしそう。

などと、しょうもない自問自答を繰り返しつつ更に座席検索。ようやく明日の7時過ぎの新幹線が取れました~
明日は5時に起きて朝ご飯食べて6時過ぎには家を出なければなりません。今夜は早くに寝てしまおうっと。

お菓子の見る夢

今でこそ単身赴任で好きなだけ料理を楽しむことができますが、結婚するまで実家では料理に関してとても窮屈な生活をしておりました。
祖母がいて、母がいて、二人の妹がいて、実家には有り余るほど女手があって僕がわざわざ台所に立つ理由がなかったんですよね。加えて祖母はバリバリの大正女。「男子が厨房に立つのは好ましからず」ときっぱり排除されておりました。
それでも料理がしてみたくて仕方がないので覚えたのが洋菓子作りでした。料理本片手に見様見真似でやることですので随分失敗もしました。それでも、あの頃体で覚えたコツのようなものは今でも役に立っています。(って、へんな青年期を送ってるよなぁ)

それにつけても、お菓子というのは不思議な食べ物だと思います。別になくても生きていけるのに、多くの人に生きがいを与えてくれます。食卓の上にケーキの箱が載っているだけで家族の顔がぱっと輝くというのは実は凄いことですよね。長い歴史を紐解いても今は随分恵まれた時代なんだと思います。
歴史と言えば、お菓子の歴史は失敗の歴史です。誰も見たことのない新しいお菓子の中には狙って作ったわけではなくて「失敗したらこうなった」というものが沢山あります。
・タルト型に林檎を敷き詰めてから「生地を敷くのを忘れた」と言って慌てて上に被せたタルトタタンとか。
・「生地にバターを練りこむのを忘れた」と言って生地の間にバターを挟んで焼いた折りパイだとか。
・オーダーされてもないのにクレープに振りかけたリキュールに火を点けてフランベしちゃったシュゼットだとか。
どこまで本当で、どこまで作り話かもわかりませんが、お菓子にはそういった逸話が枚挙にいとまがないのです。

とまれ、お菓子はなくても生きていける食べ物ですから自由で奔放で夢のある食べ物です。十年後、二十年後、百年後、私たちはどんなお菓子を食べているのでしょう。お母さんがストローをぷっと吹くとふわふわのシャボン玉が宙に浮いて、子供たちがそれを捉まえては口に頬張る。そんな夢みたいなお菓子が生まれていたら楽しいでしょうね。

クリスマスのケーキの最後の一切れを食べながら。お菓子達が未来に見る夢についてとりとめもなく考えていました。

愛が微笑む時

93年は僕にとって洋画の当たり年でした。
4月にロバート・ダウニーJr.の「チャーリー」(チャップリンの自伝的映画。RDJの名演技は本人以上に本人そっくりでした)が公開され、8月に先日紹介した「デーヴ」が公開され。そして……年が明けた3月。ロバート・ダウニー・Jr.の待望の次回作「愛が微笑む時」がかかりました。
この邦題は、しばしば非難に晒されます。まるで、安っぽいハリウッドのデート映画のよう。レンタル屋さんでもしばしば誤解を受けるのか、ラブストーリーのコーナーに置かれていたりします。明らかにタイトルで認知度向上に後れを取っているよなぁと僕も思います。でも、実際に見た方の評価は不動のようで、YAHOO映画のレビューでも5点満点の4.7という高得点。観て損はないというよりは、観なきゃ一生の損と断言できる一本です。でわ!!

……、…………、………………

って、ここで書くのを止めると非難に晒されそうなので少しさわりをご紹介。
4人の男女が不慮のバス事故で命を落とすところから映画は始まります。
・人に誠実になれなかったことを悔やむ泥棒
・歌手になりたいのにあがり症で、ついに一度もオーディションで歌えなかった男
・小さな子供たちとお別れするいとまも得られなかったワーキングマザー
・田舎に残してきた恋人と仲違いしたまま亡くなった娘

それぞれにこの世に未練を残した4人はすぐに天国に召されずにゴーストになり、自分たちが亡くなった同じ時刻に生まれた赤ん坊に背後霊のように憑りつきました。その赤ん坊(ロバート・ダウニー・Jr.)が成人した頃になって、ゴーストは初めて自分たちが『やり残したこと』をその青年に協力してもらってやりおおせるチャンスをもらったことを知ります。けれど既に、天国に召される時はそこまで迫っているのでした。

というようなお話です。見どころの一つは4人のゴーストが次々に青年に乗り移るたびに青年の仕草が見事に変化すること。いわば、ロバート・ダウニー・Jr.は1人5役の大活躍なのです。僕がこの映画を楽しみにしていたポイントもまさにそこで、RDJといえば、当時まだまだ若くて知名度も低かったのですが、前年あのチャップリンを演じた俳優がゴーストに憑依された男のパントマイムをやると言われれば期待するなという方が無理な話。
穿った言い方をすれば、この映画は「20世紀末に蘇ったチャップリンの幻の一本」という見方だってできると僕は思っています。

映画の展開は本編をご覧になってぜひお楽しみ下さい。クリスマスシーズンに恋人や家族と一緒に見ることを胸を張ってお勧めできる一本です。

お惣菜が食べられない

最近、改めて自覚しているのですが……

「スーパーのお惣菜が食べられなくなってる」

いくら料理が好きだからと言っても、疲れて帰って来て料理をする気もわかない日もあるわけで、たまには手抜きしてスーパーでお惣菜でも買って帰ってそれで夕飯をすましちゃおうとか思うこともあります。
ところが、いざ口にすると「なんで、こう味付けるかなぁ」とか「僕なら、こう作るのに」とかやたら自分の中の自分がうるさい。「おまえちょっと黙ってろ」と心の中で叱っても、味が想定範囲内過ぎて新鮮味が感じられないんですよね。
それは外食でも同じことで、普段行かないような高級なお店に行けばまた別なのかもしれませんが、お昼に入るファストフードの丼屋さんやカレースタンド、定食屋さんでは、何を食べても「想定範囲内」の味に感じてしまうのです。
これはどういうことだろうと分析してみたのですが、恐らくそういったお店で調理される方法を自分は既に知ってしまっていて普段からそういったテクニックを駆使しして食事を作っているからに他ならないと思い至りました。
「想定範囲内」を通り越して「ぼくだったら……」と心の中の自分が呟く料理に何百円も払うのがなんだか勿体なくて、近頃ますます外食しなくなってしまってます。

確かに家で同じものを作れば半分以下の原価で作れるし(光熱費は度外視すると)、お財布には優しいのですけど。たまには外食で感動してみたいよなぁと、非常に傲慢なことを考えている今日この頃。
もしかしたら、マクドやモスなどの新製品を頼んだ方が目新しさも手伝って感動を呼べるかしらん

大掃除はしたくない

僕は掃除が苦手な人でした。で、苦手なものだから掃除が嫌いな人でもありました。
そのくせ、散かってたり、汚れている部屋で暮らすのはヤだという我儘な性格だったりします。
ある時、一念発起して、「まじめに片付けと掃除を勉強しよう」と心に誓い(?)その手の本を読んだことがあります。
まだまだ生噛りな部分もありますが、そこで学んだことは二つ。

散かりにくい部屋とは物の少ない部屋
大掃除がしたくなければ、マメに小掃除すること

前者を実践して、かなりのものを人に譲るか捨てるかしました。今や僕の部屋にはテレビもオーディオもありません。常に通電しているのは冷蔵庫くらいで、調理以外で使う家電はPCのみ、読書は専ら図書館専門にしているので本が増えることもありません。かなりすっきりして物の少ない部屋になったなぁと自負しています。それでも、困ることは特にありませんよ

後者を実践して、週末の土日はちょっとまとめて掃除をします。
 ・トイレ掃除をする。
 ・掃除機をかける(トイレ、玄関前、自室も)。
 ・床のぞうきんがけ。

なんてのは当り前ですが、冷蔵庫やオーブン、レンジ、棚などの『上面』をさっと拭くようにしています。これだけで、埃の溜まり方が全然違います。同じように窓のサンや出窓などともかく上を向いている面は埃が溜まり易いので週一で拭き掃除をします。
あと、月の頭には洗濯機の洗浄やマットレスなど毎週洗濯しないものの洗濯などをすることにしています。
逆に雑巾はキッチンのすぐ手の届くところに置いていて、シンクの向こう側など少し汚れが気になるとその場でさっと拭くようにしています。

『汚れる前に掃除する』というのが僕が習得した掃除術です。『汚れる前』というのは人間が目で見て『汚れている』と感じる前という意味で、実際にはその時点で目に見えない汚れが溜まっていってるんですよね。この時点で雑巾がけしておくと、擦ったり、磨いたりする必要はないので掃除は非常に楽です。今、部屋を見回してみると、それなりに(あくまでもそれなりに)片付いているし、掃除もできているように見えます。

会社の納会が終わってから部屋の大掃除が待っているという事態にはならずに済みそうでほっと胸をなでおろしています

長い夜、遠い夜明け

関東の冬は日が暮れるのが早いです。3時台にはもう夕暮れ。4時を過ぎればかなり薄暗い。
加えて夜明けが遅いです。6時に起きれば真っ暗。6時半を過ぎたあたりからようやく白み始める。その分、電気代が必要になるじゃないか~ とか、お天道様に言っても仕方がないのですが。

とはいえ、昨日は全国的に冬至。つか、全北半球的に冬至でしたね。一年で一番昼が短い日です。
今日からは昨日より今日、今日より明日。夜が少しずつ短くなって、夜明けも早くなっていくのでしょう。
夜明けの太陽を眺めながらそんなことを考えておりました。
DSCN0590.jpg
しかし、今朝は寒いっす。雪でも降りそうな天気ですね。

悪夢

とある小説の公募に応募しましょうと、新しい小説を書き始めています。原稿用紙制限が10枚ですので、限りなくショートショートに近いお話になりそう。
北国に越してきた天涯孤独の娘が「雪」に憑りつかれていく結構怖いお話なのですが、その怖さを倍増させるためにギャップ付けを模索中。娘の日常を少しコミカルに描いて読者を弛緩させておいていきなりどん底に突き落とす作戦かなぁとか思っています(鬼の作者だな)

で、小説を書き始めると自分の場合は24時間、そのことを考えているので日常生活のオン/オフの境界が限りなく曖昧になっていきます。こういう時は、本当に会社を出れば仕事を忘れられるサラリーマンって気楽な稼業だよなぁとか思ったりして(って、自分も本業はその気楽な稼業なんですけど)。

夕べも、布団に入ってからああだ、こうだとストーリー展開を模索しながらいつの間にかまどろんでいたのですが、見ました!!

『悪夢』

大きな大学の構内で、教授に言われた教室に向かおうとするのですが、ともかく建物が入り組んでいて歩けば歩くほど、進めば進むほど言われた場所とはかけ離れた見知らぬどこかに出てしまう。そこここに学生達がたむろしているので、道を訊ねながら又前に進むのですが、全然ちゃうところに出てしまう……
一旦、戻って教授に訊ね直そうと考えたのですが、自分がどこから来たか既に分からなくなっている。

僕はこのまま、どこにもたどり着けず、帰ることもできずにこの構内から出られないのではないか。

そんな実感が湧いてきて背中がぞくりとし始めた頃、大汗かいてベッドに横たわっている自分にようやく気付きました

このタイプの悪夢を僕は時々見るのですが、何度見ても寝覚めが悪いものです。ただ、折角なので(?)今書いてる小説のクライマックスに使わせてもらおうかなとか考えていたりして(夢に著作権侵害で訴えられたりしませんよね?
転んでもタダでは起きない自分のこういう性格は大好きです。

木目の思い出

なんか体調不良。少し、お腹を壊したみたいで尾籠な話ですが一晩中、トイレとベッドを往復していました。

僕はわりと病弱な少年時代を過ごした人で、1年に2、3回は風邪をひいては数日連続で学校を休むというのが恒例になっていました。皆勤賞とは小学校1年生時点で無縁でしたねぇ。
子供によっては学校を休んでいても家の中をうろうろする元気なタイプもおりますが、僕の場合は典型的に寝付くタイプで一切布団から出ず、一日中眠っているか天井を眺めているかして過ごしておりました。
一日天井を眺めていたのではさぞ退屈だったろうと思われるかもしれませんが、あにはからんや、あの木目というやつは眺めていると結構面白いものなんですよ。星座のように、熊に見えたり猫に見えたり、実に想像力を掻き立てられるものなのです。それを一日中やっているわけですから木目の柄をすっかり覚えてしまいました。暫くぶりに寝付いた時などは天井を眺めて「久しぶり~」なんて木目に挨拶しておりましたね
それから、起き上がれないのでテレビを見るわけにもいかず(というか、テレビを見ると熱が上がる)、母が退屈しのぎに持ってきてくれたラジオが何よりの楽しみでした。主にNHK第二放送(テレビのNHK教育に当たる番組です)を聴いておりまして、いっぱしのラジオフリークになってました。考えてみると僕は風邪をひくことで、放送劇の楽しさを覚えたような気がします

もちろん、風邪などひかないにこしたことはないのですが、僕は風邪をよくひくことで想像力をはぐくむ貴重な体験をしたような気になることもあります。今でも冬の温かい午後などには、布団に包まれてうつらうつらしながらAMラジオの味のある音声をむしょうに聴きたくなるのは……如何なものなのでしょう

ぼくのおばあちゃん

プッチーニのジャンニ・ツキッキに出てくるタイトルは「わたしのお父さん」
菅原文太主演の映画は「わたしのグランパ」
このブログのタイトルは「ぼくのおばあちゃん」………………だからなんなんだ~

ぼくのおばあちゃんは大正生まれの女学生です。阪神大震災の2年前に亡くなるまでずっと女学生のままでした。
讃岐のそれなりに裕福な農家に生まれた彼女は師範学校まで行かせてもらい、そこでずっと級長を務めておりました。
祖父は小豆島の網本の息子で(ともかく子だくさんな家だったようで未だに何男なのか知りません。長男でなかったのは確か)、そこに嫁ぐことになったおばあちゃんは相手がまるで学がなかったことがかなり残念だったみたいでした。
それでも、当時の女性ですから、きちんと奥さんをしてお母さんになって、ぼくが生まれた頃にはしっかりお祖母ちゃんになっていました。
すっかりお祖母ちゃんになった彼女は孫の僕に昔の話を聞かせてくれました。
・小学校の参加日で朗読を指名された時、「薪」という字を「たきぎ」ではなく「まき」と読んであとで先生に叱られたこととか。(どっちの読み方もありなのですが、そのお話では「たきぎ」が正解だったらしい)
・女学校の運動会で徒競走の途中で芋の皮を剥いてまた走るという借り物競争のような競技があったんだけれど、隣のクラスの生徒はずるをして皮をぞんざいに剥いて走って私に勝った。きちんと剥いていれば私は負けていなかったとか。
話される孫の僕は昭和五十年代の現在から六十年近く前の女学校を思い描きながら、おばあちゃんの時間はそこから進んでないのかな? と子供心に思ったものです。

新し物好きで洋食を覚えてきて夕飯に披露したりする一面もありましたが、それ以外は至って大正女。三味線を嗜み、お裁縫に堪能で毎年春には梅干しと梅酒を秋には沢庵を漬ける主婦ぶりを発揮する人でした。反面、赤玉ポートワインの一升瓶を持って畳にペタンと座り、ぐびぐびと豪快に飲むという一面もありました。
苦労を背負い込むのが趣味なのかしらんと思うくらいに困った人を見付けてきては、ああだこうだと思い悩む人でもありました。
だから、肝炎でなくなった時はもちろん悲しかったけれど、2年後に阪神大震災が起きた時は「もし生きていたら、苦労の種があり過ぎで大変だっただろうねぇ」と母と話したりしておりました。

彼女がいたから僕はローストチキンを作れるようになりました。
彼女がいたから僕は多くの唱歌を覚えました。
彼女から僕は周りに気を配り、目を配ることを教わりました。

多くのことを教えてもらった割には何の恩返しもできていなかったことを今更悔にやむことがあります。
ですので、せめて娘達にはそういうことを教えてやれる父親になりたいと思っているのですが、できているかなぁ。
その娘も再来年には大学生。

「ぼくのおじいちゃん」

僕のことをそう呼ぶ、子供がこの世にやってくるのもそう遠くはないことかもしれませんね。

三代前からローストチキン

もうすぐクリスマスがやってきます。クリスマスといえば自分にとってどうしても外せない料理が一つあります。それは……

ローストチキン

「ローストチキン」

物心ついた頃からクリスマスと言えば必ず実家の食卓に上がっていた伝統的な料理。母は凝り性で毎年何かしら新しい料理を覚えてきては披露してくれるのですが、その中でこの一品だけは変わらず食卓を飾っておりました。
元々、この料理は祖母が昭和三十年代半ばに料理学校で覚えて来たのが発祥と聞いています。母は当時高校生。自分は当然影も形も存在していなかった時代
それを自分が物心着く頃に母が受け継ぎ、自分も社会人になる頃に教わり、今では嫁や娘達ともども我が家のクリスマスになくてはならない存在です。
その娘たちにも何度か作り方を教えましたのでやがては四代目に引き継がれていくのでしょう。

今年は単身赴任中なので一人でクリスマスを迎えることになりそうです。けれど、やはりこれだけは作らないといけないかなと今から心に決めております。
五十数年前、生家、神戸で産声を上げたこの料理、今年は横浜の食卓を飾ることになりそうです

デーヴ

90年代に公開された知名度はイマイチな映画です。
よく、豚の映画と間違えられます。(そっちはデイブ)
知名度はイマイチだけど間違いなく名画の名にふさわしい1本だと思います。

主人公は小さな人材派遣会社の社長。彼は職がなくて落ち込んでいる人がついに職を得て顔を輝かせるのを見るのが何よりの生きがい。
そんな彼の副業は大統領の物まね。そう、彼の容姿は大統領にそっくりだったのです。
その物まねっぷりを見込まれて彼はシークレットサービスにスカウトされます。大統領が極秘任務(実は単に愛人とベッドインしてるだけなのですが)についている間、影武者として人前に姿を晒してほしいと。
ほんの数分で終わるはずのその仕事は、本物がベットの上で脳卒中を起こしたことから急展開。大統領のポストを狙う補佐官の陰謀に乗せられて替え玉を続行することになるのです……

策謀渦巻く政治の世界にあって、無邪気なまでの一市民の視点からおかしいことはおかしいと言う彼の言動は観る者をスカッとさせてくれます。本当の政治の世界はこうはいかないけど、きっとこうありたいという夢を見させてくれる作品でした。ラッキーなことにあまり予備知識を持たずに映画館で観た覚えがあります。

主演はケビン・クライン(フィービー・ケイツのご主人)、主演女優でファーストレディーを演じたのはシガニー・ウィーパー(すごくキュートで品のあるファーストレディーでした)。
それ以外にも本人役で多数の有名人が出演しています(スタッフロールがas himself、as herselfのオンパレードなので笑った)

普通にレンタルできますので、この週末のんびり家で過ごすひと時のお供に如何でしょう? お薦めの一作です。

ウルトラクイズ

近頃、動画サイトで80年代頃にやっていたウルトラクイズを観るのにハマってます。
物心ついた頃から自分はどういうわけかクイズ番組が大好きで、4歳くらいの頃にはテレビの前に陣取って解りもしないのに適当な答えを大きな声で答えるかなり変な奴でした
「好きこそものの上手なれ」とは言いますが、慣れとは恐ろしいもので小学生になる頃にはそれなりに正解が出せるようになりますますクイズにハマっていくという人生を送っておりました。
そのクセ、不思議なことにクイズ番組に出演したいとはあまり考えたことがなかったですね。今考えると、チャレンジしときゃ良かったなぁと思わないでもないです。特にこの「ウルトラクイズ」は。

ご存知の方も多いと思いますが、ウルトラクイズとはクイズに挑戦しながらアメリカを横断するという正に史上最大のスケールのクイズ番組でした。敗者は容赦なく旅を即中断。そのまま帰国させられるシステムがまたドキドキはらはらを盛り上げてくれました。ある意味過酷な罰ゲーム(というか、恥ずかしい罰ゲームが多かったかな)、突如発動する敗者復活システム、とてつもなくしょうもない優勝賞品。どれをとってもそれまでのクイズ番組の固定概念を破壊しつくしたモンスター番組でした。

で、今更ながらそのウルトラクイズを観ていて気付いたのですが、当時はすらすら解けた問題が格段に難しく感じられる!! 何も老化で記憶力が低下したとかいうわけでなく(それもあるけど)、問題にわりと時事ネタが多いのです。松井や桑田が現役で巨人軍の選手だった時代の時事ネタを記憶を頼りに考えるのはかなりが無理がある!!ましてや、制限時間5秒となればなおのこと。
今、これを再放送したら問題の難易度が話題になるなぁと妙なことに感心しているサイトマスターでした。

年賀状

毎年、年賀状は12月の頭にちゃっちゃと書いちゃうのですが、今年は仕事が押していて今日の今日まで一枚も手を付けておりませんでした~
ま、知人の中には年が明けてからおもむろに書くという強者もおりますからまだまだ早い方でしょう。
ということで今日は朝から年賀状製作……って、住所録がない!!
どうも、故障した旧PCからの移行に失敗していた模様
旧PCは二度と起動できない状態ですし、嘆いていても仕方がないので去年来た年賀状から住所録を起こしました。
一枚また一枚、住所と名前を読みながらパソコンに入力していると、年賀状を通して交流していた人々の顔ぶれを改めて思い出しました。ここ数年、機械的にプリンターで印刷して一言コメント入れてポストに投函でしたもんねぇ。
大学のサークルの先輩、同期、後輩、研究室の仲間、学部の仲間、社会人の合唱団の面々、今は交流のなくなった職場の同僚、会社を退職した先輩、引っ越して顔を出さなくなった居酒屋のご主人、叔父、叔母、いとこ達……

もう長いこと顔を合わせていないけどみなさん元気かな? としみじみしてしまいました。

昨今は、「年賀状なんて資源の無駄」だとか「メールで良いじゃん」とか言われる風潮が流行っていますが、懐かしい人達と旧交を温める折角のチャンスです。炬燵に入ってテレビでも見ながら、片手間にでも葉書に向かっては如何でしょう。
いじょ、年賀状のススメでした

ブログ始めました~

はじめまして、食卓応援サイト「Gの食卓」のサイトマスター’コール’と申します。
普段、ホームページにいらして下さっている方には「今更、初めましてもないだろう」と言われそうですが……それでも、はじめまして。

Gの食卓」は4年ほど前から「1日1レシピ」をモットーに始めたレシピ検索サイトです。おかげさまで間もなくレシピ数も1300となる見込み。チリツモの凄さを身をもって知る今日この頃でございます。
実はこのサイトのトップページにその日あったことなどよもやま話を雑談風に書いているのですが、翌日には前の書き込みを消すという運用をしておりました。で、春頃にいつもサイトに遊びに来られている方から、「せっかくだからブログにしてよ~」というリクエストを戴いておりまして、遅まきながらブログを始めた次第です>Yさんようやくリクエストにお応えしましたよ~(って、半年も経ってるじゃん)

恐らく、どーでもいいようなとりとめのない話をうだうだ書くだけのブログになると思いますが、料理の仕上がりを待つ間にでも、ちょちょいと読んで戴けたら幸いです。
でわでわ、これからも宜しくお願い致します。
プロフィール

choal29

Author:choal29
酒と料理をこよなく愛するシステムエンジニアです。
食卓応援サイト「Gの食卓」を運営しています。
↓こちらもよろしく!!
http://diningg2011.web.fc2.com/index.html

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR