火事

最寄りの駅を降りたら空気が黄色かった。世界一面が霞んでいて遠くまで視界が利かない。変な匂いもする。
「うっ、これが噂のPM2.5というやつか。思ったより酷い。思いっきり体に悪そう」
とか思いながら慌ててしないよりマシのマスクを装着。陸橋の入り口に差し掛かると……

立ち上る黒煙。列をなす消防車。陸橋にいる人達は手に手にスマホを構えてその方向を向いている。
思いっきり火事でした。しかもそうとうでかい。煙が上っているのは西口の飲食店密集地帯のど真ん中。誰も怪我などしていませんようにと祈りつつ、せめてやじ馬になって消火活動のじゃまなどしないようにその場を去りました。

我が家は駅徒歩8分で現場とは逆方向なのですが、それでも煙と匂いが届いております。相当激しく燃えてるんでしょうね。
昔から火事にやじ馬は付き物ですが、それでもスマホを構えている人を見ると「なんか、不謹慎」と思ってしまいます。が、ネットのNAVERまとめとかに続々と情報が入ってきているのを見ると一概に不謹慎とも言えないかな。これを見て帰宅途上の人の中には迂回を考える人もいるでしょうし、役にも立ってるんだなぁと思い直しました。

「みんな無事ですように! 」

なんてつぶやきを見掛けるとなぜか少しほっこりした気分になりました。
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パッチについて

PC不調の原因判明。ホームページビルダを再インストールしてから最新にアップデートしていませんでした。どうやら、不具合があるまま使ってしまっていたみたいで最新版にしたらおとなしくなりました。本業がSEのくせに恥ずかしいほど初歩的なミスですね。
ところでプログラムに不具合が出た場合、それを修正するプログラムのことをパッチと言います。語源はパッチワークと同じで要はプログラムにつぎあてをするわけです。
今ではインターネットネットからプログラムをダウンロードしてそれを実行すれば誰でも簡単につぎあてができますが、僕が新入社員だった80年代~90年代の頃は正真正銘の手作業でこれをやっていました。例えばこんな感じです。

1.製品の不具合でシステムが止まる。大急ぎで製品部門に状況を連絡する。
2.1、2時間後にバグの解析が終わって緊急パッチを出しますという連絡が入る。(携帯のない時代ですからお客様の電話に直接入ります)
3.しばらくするとFAXが十六進数の羅列が並んだ紙を吐き出す。
4.問題のプログラムのソースコードを16進数で表示させて、送られてきたとおりに修正する。これでバグの修正完了。

4.の作業が恐怖でしたね。一文字でも打ち間違えたら一巻の終わり。システムをイチから再構築しないと二度と動かなくなるケースが多々ありました。
二人がかりで読み合せをしながら進めるのですが、たいていこう言ったトラブルが起きるのは深夜と決まっていて、FAXが届くのが3時とか4時。眠気がピークに達している際のパッチあては非常にリスクの高い作業だったのです

バグ修正と言うとソフトウェアをイメージしがちですがハードウェアにもありました。今は流石に作り直すのでしょうけど昔はプリント基板が仕上がってから回路の設計にミスがあることが発覚するとリード線をはんだ付けして部品同士を繋いだものです。ですので、基盤を見ただけでできの良いハードかどうかが一目瞭然でした。不出来な基盤は黄色いリード線があっちにもこっちにもはんだ付けされていたものです。

振り返ってみるとえらくローテクな時代からSEをやっていたんだなぁと改めて思いました。

PC不調

うーむ、何が原因なのか謎なのですが、うちのホームページビルダ君が不調です。
コンテンツは壊れるわ、アクセス解析のデータはおかしくなるわ、どんどん具合が悪くなってる気がします。
仕方がないので再インストールもしてみたのですが事象は変わらず。
仕方がないのでレシピの更新はしばらくはftpでやるしかないかな。なんだか、パソコンのシューティングに終始した週末でした。

真実と事実

名探偵コナン君の決め台詞

「真実はいつも一つ」

というのを聞く度に、そうかなぁ? と思う自分がいます。別に揚げ足を取るつもりはないのですが、真実って凄く散文的なニュアンスを持った言葉のように思えて、ある一つの事象を捉えてもそれを見る人によってバラバラなんじゃないかと僕は思うのです?

具体的にいうと例えば、殺人事件が起きたとします。
被害者はAさん、捜査の結果犯人のBさんが逮捕されて事件は解決します。あとには、「なぜBさんはAさんを殺したのか?」という謎だけが残ります。
Aさんの友人Cさんはこう考えるかもしれません。「BはAに振られたことを逆恨みして殺害に至ったんだ」と
Bさんの友人Dさんはこう考えるかもしれません。「あれだけ尽くしたBを捨てて玉の輿に走ったAが許せなかったんだろう」と
僕の中では【真実】という単語は事象のこういうウェットな部分、言い換えれば非科学的な部分を指す単語のように思えるのです。

それに反して事実は揺るぎません。「×月○日△時☆分、BさんはサバイバルナイフでAさんを滅多刺しにして殺害した」という【事実】はこの事件を知った人間が百人いようが一万人いようが等しく同じ認識の持てます。そういった事象のドライな部分、言い換えれば科学的な部分を【事実】と呼ぶと僕は思うのです。

ガリレオシリーズでも探偵役の湯川先生が「僕は動機になど興味はない」ということをよく口にしますが、それは彼が科学者であるが故のセリフだと思います。
「事実はいつも一つ。真実は人の数だけ」
事象には科学的な「事実」に関わる一面と非科学的な「真実」に関わる一面があるように僕は思います。
なので「事実」に対して推論を働かせ議論をすることに意味はありますが、「真実」に対して推理したり議論をすることは時間の無駄でしかありません。
もし誰かが「君の推理する動機は当て外れも良い所だ。彼はそんなことを考えて殺人を犯したんじゃない」と言ったとしたらそれは滑稽なほど傲慢なセリフでしょう。真実は人の数だけ。人はそれぞれ自分が信じたい真実を胸に抱けばいいんじゃないだろうかと僕は思います。

算数の天才なのに計算ができない男の子のはなし

今、ちょっと興味がある本があります。タイトルは「算数の天才なのに計算ができない男の子のはなし」。
数字の概念把握は卓越しているのに計算問題ができないため、算数がダメな子とレッテルを貼られていた小学生が算数障害であることを先生に見出されて、適切な指導を受け、頭角を現すお話だそうです。
実際、著名な数学者でも計算問題が苦手な人はいるらしく、使う脳の部分が違うのでしょうかね。
僕が興味があるのは、昔は「頭の悪い子」の一蹴されていた資質が、そのメカニズムの解明とともに意外な才能を開花させる事象です。
今も、「お前は本当に呑み込みの悪い子だね」と怒られてばかりいる子供が、知られざる才能をうちに秘めているかもしれない。そう考えると何だかとても勿体ない気がしてしまいます。他力本願になっちゃいますが早く研究が進んですごい才能が見いだされる日がくると良いですね。

プロの酔っ払い演技が本物の酔っ払いより本物らしく見えるわけ

昔、所属していた合唱団でミュージカル仕立ての舞台をやったことがあります(存在しないはずの孫がタイムマシンに乗って未来からやってくるというお話でした)。
団員はそれぞれ割り振られた役以外に、『合唱団の団員』という役も持っていて、「合唱の練習中」だの「休憩中」だのという場面がありました。この休憩中というのが曲者で、素人の僕たちがやるとわざとらしいことこの上ないんですよね。やたら、オーバーアクションになったり、思いつくことをありったけまくしたてたり。普段の休憩中ならぜったいそんなことしてないだろうということのオンパレード。
と・こ・ろ・が……。指揮者が一言「はい、十分休憩にします」と言った途端、動きが急に自然になるという

常々思うことですが、プロの俳優って凄いよなぁと感心します。どんな役であっても本当に自然な動き、自然な表情をしますよね。タイトルにも書きましたが、酔っ払いの演技などさせたら、夜の街で見かける酔っ払い以上に本物に見えてしまうから不思議です。
何かで読んだことがあるのですが、素人に酔っ払いの演技をさせると「酔っぱらっている」ふりになってしまうのだそうです。例えば、「そこを酔っ払いとして歩いてみて」という指示を出すと、十人が十人、あっちにふらふら、こっちにふらふらよろけながら歩くのです。
ところが、プロの俳優に酔っ払いの演技をさせると「酔っぱらっていない」ことを主張する演技をするそうです。道を歩かせてもよろけまい、よろけまいと体を動かします。よろけまい、よろけまいと動いているのに体が勝手によろけてしまう。これがプロの演技だそうで、「俺はシラフだ~」と全身で主張するのが酔っ払いの演技のコツだそうです。

普段見慣れているくせに、その本質を見誤っているものというのは意外にあるのかもしれません。休憩然り、酔っ払い然り。プロの役者が本物以上に本物に見えるのはその本質を掴んで演技に活かしているからという発想はなかなか目から鱗で新鮮に感じました。

電車が遅れる問題

僕の本業はプロジェクトの管理/運営。横文字で言うとプロジェクトマネージメントという仕事をしています。
バブルの頃はこの仕事も我流でやるのが主流で、どちらかというと体育会系のサークルのノリでやる人が多かった気がします。ところが、最近ではシステマティックになってきて管理のための体系だった手法が提唱されるようになってきました。曰く、「リスクマネジメント」、「品質マネジメント」などなど。
手法が確立されれば、その講習会が開かれるのも自然な流れで、僕も半年に二度ほど新しい手法の講習会を受講しています。
んで、先日『リカバリー・マネージメント』という講習会を受けて参りました。
この講習会は泥沼化したプロジェクトをどのように復活させるかというのがテーマで、お客様にも痛みを負ってもらいながらプロジェクトを正常化していくロールプレイは生々しくて興味深いものでした。って、なぜかよく見た光景のような気がした

講習会の冒頭で講師の方がこんな例を挙げました「乗っていた電車が事故で遅れてお客様との約束に遅れそうです。この状況の何が問題なのでしょう?」
正解は「お客様との約束に遅れる」ことです。冷静になって客観的に考えれば当たり前に思いつく答えですが、遅々として動かない電車の中でイライラしていると人間は問題のすり替えを行うみたいです。

「電車が時間通り動いてくれないことが問題である」

これは泥沼化したプロジェクトの当事者──特にプロジェクト管理者が陥り易い心理状態だそうで、気が付くと「如何にして電車をちゃんと動かすか」などという素っ頓狂なテーマの会議を延々とやっているのも往々にしてあるとか。
うーん、ありそうな気がしますねぇ。
プロジェクトが悪化している時は誰しもパニックに陥りそうになりますし、ただでさえ場の空気が暗くて判断を誤りがち。ゆめゆめ、「だったら、僕が電車を運転してやる」なんて結論を出さないように気を付けねばと思いました。

落ちた……

電気の使用量を30Aから20Aに下げて間もなく一か月。別段不自由なく暮らしておりまして、結構エコな生活してるじゃんと独り言ちていました。

が、今朝シャワーを浴びていたら……
いきなりの暗転。お風呂がまっくらになったじゃありませんか。停電???
んなわけはなく、ブレーカーが落ちたのだと気づきました。なるほど、この寒波の影響でついついエアコンをかけてしまう生活をしていましたが、流石にエアコンと温水器の同時使用は20Aを超えてしまうようですね。
不幸中の幸いは暗くなってすぐに停電に気付いたこと。電気が消えてなければ(ありえないけど)、徐々に水温が下がって冷水シャワーを浴びてしまうところでした

うちの家電の電力消費量二大巨頭と言えばエアコン、電子レンジと思っていましたが温水器も侮れない存在のようです。これからはシャワーを浴びる時だけエアコンを切りましょう。
でも、こうやってリミッターを下げておけば電気の無駄遣いをしなくなるというかできなくなるわけで、お財布にも環境にも優しい生活ができてるなぁと自画自賛した朝でした。

パジャマでコンビニ

昔、担当したお客様の役員が「服装の乱れは生活の乱れ」がモットーのような方で、出入りの業者であっても、ワイシャツは白一択、カラーシャツなどもってのほかという方でした。
事前にそういう情報を仕入れていたので僕はご機嫌を損ねることはありませんでしたが、実際カラーシャツを着ていて(どうやらピンクとかそういう派手なものではなく、ブルーかイエローだったらしいのですが)恫喝された方がいらっしゃるそうです。

さすがに、そこまでいくと大きなお世話と思ってしまいますし、それで怒り出すのは大人げないと思うのですが、パジャマ姿でコンビニというのはこれまた行き過ぎな気がしますね。
ネットのアンケートによると18%、およそ5人に1人は「OK」と答えたようです。曰く
「店員は別に何も言わないって」
「爺さんとか、よくパジャマ姿で新聞買ってるぞ」
「深夜だったらOKかな」
「え? 何が良くないの?」
いやいやいや、それは善悪を人に訊ねるところではないでしょう。自己判断すべきレベルです。たぶん

昔ほど礼節をうるさく言わなくなった風潮のせいか、「誰にも迷惑かけてないし」という自己判断が礼節の基準になってしまっているようですが、そうではなくてやはり「自分に恥ない」という心は忘れてはいかんでしょうと、アンケート結果を呼んでじじむさいことを考えてしまいました。

もしも僕が高校時代にガリレオシリーズを読んでいたら

東野圭吾のガリレオシリーズ「真夏の方程式」を鑑賞中。
原作は既読のため、犯人もトリックもわかっていて観ております
僕がガリレオシリーズと出会ったのは文庫本になってすぐですので十二年くらい前です。
当時、三十代後半だったわけですが、新鮮な衝撃を受けたのを覚えています。

誰もが知っている科学現象を使って、「謎」を演出する。

そうか、こういうジャンルのミステリーもありか。と思ったものです。
で、ふと夢想したのです。随分とすれた読者が斜に構えて読んでもそれだけの衝撃を受けるわけです。もしも、純真な(?)高校時代にこの作品が世に出ていて僕がそれを読んだとしたら……
間違いなく僕の歩んだ人生は変わっていたでしょうね。
大げさでもなんでもなく、読書好きな人間は本から多くの影響を受けます。時には本に書かれた思想がそのままその人間の人生哲学になる場合だってあります。
中二病の名残を引きずっていた高校時代の良くも悪くも青臭い少年がこんな本を読んでしまったら……

まず、僕は大学で化学ではなく物理学を学ぶ道を選んだかもしれません(それは分かり易すぎだろ)。
で、やたら理屈っぽい議論を吹っ掛ける妙に勉強好きな大学生になっていたかもしれません(その可能性は低いか)。
あまつさえ、就職せず研究室に残ってしまい、案外今でも白衣を着る生活をしていたかもしれません。

それを思うと、つくづくガリレオシリーズがその時代に存在しなくて良かったと思う反面、別の人生を歩む自分をちょっと見てみたい気もしてます。

大げさに聞こえるかもですが、2002年のあの時期にガリレオの文庫版が発行されて、僕がそれに出会ったというのはこれもまた一つの運命なのでしょうね。

納得のいかない評価

三谷幸喜監督の『ザ・マジックアワー』にこんな場面があります。
売れない役者が、やっとありついたエキストラの仕事。けれど、脂っこい演技と凝り性が災いしてたった一言のセリフがNG続き。
場の空気を換えようと休憩にした監督が思い付きで、そこにいたスタッフに「お前、今のセリフやってみろ」というのです。
振られたスタッフがやってみると素っ頓狂な棒読み。ところが、なぜか、監督以下演出陣がそれを大絶賛。
「いやあ、スター誕生ですかな」
という助監督の言葉が売れない役者の胸に突き刺さります。

役者や作家など芸事をやっている人であればプロ・アマを問わず似たような思いをしたことはあるのではないでしょうか? 自分では面白いと思って投稿しているのに、散々な評価、あまつさえ、一顧だにされないことさえあります。そんな時、自分にはどこがおもしろいのかさっぱり分からない作品や、演技(作家なら文章)が自分よりずっと下手くそと思える人が大人気を博したら……納得いきませんよね。

駅前に輸入食料品雑貨の店があったのです。マニアックながら筋の良い商品を並べていて値段も良心的。なので、ちょっとグレードを上げたい調味料などはここで買うようにしていました。が、

「2月2日をもちまして閉店いたします」

ええっ!! そこそこお客も入ってたと思ったのに。
たいして商品のグレードが高いわけでなく、値段も高めな駅前の大型スーパーが賑わう様子がなんだかとても理不尽に感じてしまった午後でした。

雪国

子供の頃、結構雪国に憧れていました。
動機はもちろん単純で、雪だるまが作れる、そりやスキーで遊べる、かまくらで餅が食べられるといった如何にも子供らしいもの
ま、そんな子供を捉まえて「雪国で暮らす人のたいへんさを考えたことがあるのか~」なんて言ったら、その大人は俗にいう大人げがないと言われるのでしょうね

今朝も寒いな~と思って起きだしてみたら、こうなっていました。
DSCN0813.jpg
夜明け頃なので結構青白い雪景色。まあ、関西でもたまに雪が積もることはありますし、雪が降ったんだなあくらいに思っていたのですが、それから3時間しても降り続いている……というか、関西人の目から見ると吹雪いている。
先ほど、2週間ぶりに缶・びんのごみを捨ててきたのですが(帰省のため先週はスキップしたのだ)、しゃ、しゃ、しゃ、洒落になりませんでした~
関西人の感覚としては雨と違って雪は、別に傘を差さなくても大したことないと思っていたのですが、たった20mほどの往復で凍えそうになりました。これは傘が要ります。
ちょっと嬉しくなったのは、マンションの階段の雪に足跡がついていなかったこと。よし!! 僕が今朝一番に部屋を出た人だ~とガッツポーズ。
もし、その前にマンションを出た人がいたとしたら、ちょっとした密室トリックですね。
とまれ、今日は部屋で引きこもっていようと心に決めてゴミ捨て場から帰ってきたら、メールが一通着信。

「お取り寄せの本が届きました」from 図書館

うううう、どうしようかなぁ。早く読みたい本ではあるんですよね。
重装備して、おのぼりさんよろしく雪国の散策を体験してみましょうか。

雪を見ていたら蕎麦が食べたくなったので朝食は『にしん蕎麦』と相成りました。
冷凍しておいたにしんの臭みを抜いて(お茶っ葉で炊きます)、甘露煮にして、ってやってたら30分くらいかかっちゃいましたが、盛大に振る雪を見ながらの蕎麦は味わい深うございました~
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十二月物語

昨日、「エアコンを付けたら部屋に春が来た」なんて書いたらこの物語を思い出してしまいました。
「森は生きている(十二月物語)」は、ソ連の作家マルシャークによる児童劇です。が、僕はこの話を本で知ったので童話という印象が強いです。
お話は確かこんな感じ。

とても我儘な女王が真冬に「マツユキ草を摘んできたものに金貨を与える」というお触れを出します。ちなみに、マツユキ草は4月頃。春に咲く花です。
金貨に目がくらんだ継母が「マツユキ草を摘んでくるまでは帰って来るんじゃない」と無茶振りして、継娘を吹雪の中に放り出します。森の中をあてもなくさまよう娘はたき火をしている老人と出会うのですが、彼が12月だったか、1月だったかともかく冬の月の妖精だったのです。彼は兄弟たち(1月~12月まで12人兄弟です)を呼んでその辺りの季節を春に変えてくれます。
首尾よくマツユキ草を摘んで帰った娘からそれを取り上げ、継母は女王陛下に献上。ちゃっかり金貨をゲットします。ところが……
「いったいどこで摘んできたのじゃ?」
と陛下に訊ねられたあたりから雲行きが怪しくなり、
「案内せい。わらわもその場所に行ってみたい」
という展開になってしまうのです。

で、……、……、……
この後、どうなるんだっけ? どうしても結末が思い出せず(ハッピーエンドだったような気はするのですが)、昨日からずっと気になっています。ネットで誰かネタバレしていないか探してみようかな。

氷点下

スキー場に行った時とかを除いて、日常生活の中で氷点下を体験したのは初めてかもしれません。
昨日は夕方から凄い勢いで雪が降るわ、気密の良いはずの部屋は冷凍倉庫のようにしんしんと冷え込むわで大変でした。もしかしたら、今回風邪ひいたのってこの寒さを甘く見た寝冷えが原因?

とまれ、「寒くなっても厚着をすれば暖房などいらない」という信条は早々に捨ててこの冬初めてのエアコンスイッチオン……って、もしかして引っ越して初めてエアコンを使ったかも。わりと夏の暑さは平気なので風通しを良くしておけば冷房はいらない人なのです。
我が家のエアコン君は元々部屋についていたものなのですが、スタートダッシュが半端ない優れものであることを知りました。たった2、3分で部屋に春が来た~

ちょっと電気代が嵩むかもですが、体を壊しては本末転倒。せめて、風邪が治るまでは文明の利器が作り出す春の恩恵に与らせて戴きましょう。

体温計コレクション

不覚にも風邪をひきました。熱も八度五分と結構高い。
たぶん、週末に伊丹空港か飛行機の中で感染された可能性が高いと思われます。
ということで、昨日の午後からおとなしく寝込んでいます。(だったら、起きてブログなんか書くなよ)
僕はわりと子供の頃から体が弱くてよく熱を出す子供でしたので我が家には体温計が三本もあります。
DSCN0798.jpg
って、なんで三本もあるんだ??? 自分でも謎です。恐らく熱を出した時に発見できなくて新しく買ったんじゃないかな。
この三本の中では特に一番上のがレトロな感じがして好きなのですが、今どきの若者はこの水銀柱の体温計の使い方を知らないんじゃないかな。
念のために使い方を書いておきます。
体温計を振って水銀柱を36度以下まで下げる。この際、机の角などにぶつけると折れてしまうので十分広い空間で振りましょう。
脇の下に挟んで三分待つ。いくら待ってもピピっといった音はしませんので三分経ったら速やかに取り出す。
水銀柱が指し示す体温を確認する。この際、確認が終わったら再び体温計を振って下げておくのがエチケット。

赤い液体が上下する寒暖計と違って、銀色の水銀が入っている体温計は一度上がったら脇の下から取り出しても下がらないところがすぐれものです。今朝、久しぶりにこれで計ってみたけどなんだかデジタルより正確な気がして安心感が持てました(その後、デジタルで計ったら同じ体温だったけど(をい))。
久しぶりに熱を出して体温計を探したら三つも出てきたのですが、もしかして我が家から根こそぎ体温計を持ってきていないか? まあ、我が家は嫁も娘達も至って丈夫で僕以外はほとんど病気にならないんですけどね。今度、里帰りする時、一つ持って帰ろうかな。

食パンダッシュ

ネットのアンケートでこんなのを見掛けました。

Q.現実にはありえないマンガの設定を教えてください

ランキング一位の回答は……

A.パンをくわえて曲がり角でぶつかる→その相手と恋に発展

うーむ、無茶苦茶ありがちな設定ですが、現実に食パンを咥えて走っている人を見掛けることは……ありませんね。
角を曲がったところで誰かとぶつかってる人も見たことはありません。確かに「ありえない設定」といえるでしょう。
ただ、このアンケート結果でちょっと不満なのは片面の調査しかしていないこと。調査というものは両面ともやって初めて公表すべきなのではないでしょうか?
このケースのもう片面とは?

Q.「パンをくわえて曲がり角でぶつかる→その相手と恋に発展」という設定の漫画を読んだことがありますか?

実はだいぶ前の調査結果ですが、過去十年以上のコミックスをリサーチして得られた結論を僕はネットで見て知っています。

A.過去、十年くらいに発行されているコミックスでそのような設定が扱われた例はない。

そう、昭和の昔の少女漫画ならいざ知らず、既に食パンダッシュは都市伝説に過ぎなくなっているようなのです。つまり、このアンケートの結論は、

Q.現実にはありえないマンガの設定として、「パンをくわえて曲がり角でぶつかる→その相手と恋に発展」が多く挙げられるが、そのような設定のマンガは過去十年にわたって存在しない。

というなんだかメビウスの輪のようなものになってしまうのです

では近頃、マンガの世界ではどうやって男女は出会っているのでしょう。

『ヒロインが不良に絡まれているところを通り掛かりの転校生が助けてくれる』

うーん、こんなベタな展開もとうになくなっている気がするなあ。


プチ☆里帰り

ちょこっと用事ができまして、昨日は午後から休暇を戴いて里帰りしておりました。
横浜も大概にポカポカと暖かいのでもしやとは思っていたのですが、久々の大阪は1月とは思えない陽気でした
夕方、ご用を済ませてから夜は馴染みの焼き鳥屋へGO!! うーん、所帯持ちとは思えないようなフリーダムさですね。懐かしい人達と2時間ばかり楽しいひと時を過ごさせて戴きました~

それから神戸の実家に回って一泊。先ほど、飛行機でびゅんと帰って参りました。結構、慌ただしい帰郷になっちゃいましたが、お土産に庭になっている柚子を沢山いただいたりと何気に充実した週末だった気がします。
さてさて、明日は気合を入れて原稿用紙取り組みましょうか。
プロフィール

choal29

Author:choal29
酒と料理をこよなく愛するシステムエンジニアです。
食卓応援サイト「Gの食卓」を運営しています。
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