おつかれさまの季節

日本の学校制度はちょっと独特で4月に新学年が始まります。多くの諸外国では9月に始まるらしいので珍しい部類らしい。
明治時代、元々は日本も9月開始を取り入れようとしていたらしいんのですが、軍隊の都合でこうなったらしい。けど、経緯は別として桜の季節に卒業式、入学式を迎えるというのはなんだかこの国らしくて良いなぁと思います。そういえば、過日次女が中学の卒業式を迎えましたっけ。中高一貫校に通っているのであまり実感がわかないのですが。
サラリーマンにとってもこの季節は行く人、来る人を送迎する季節です。僕も多分に漏れず一昨日、入社以来の長い付き合いとなっていたT先輩の「お疲れ様会」に出席して参りました。
T先輩は入社が僕の5年上で入社当時、僕の指導員という立場でした。そのわりには仕事を教えてもらった記憶は全くなく 「このマニュアル読んどけ(おわり)」みたいな指導を受けてましたっけ。ただ、互いに大酒のみだったこともあり週に2、3回は呑みに行っていましたね。酒が好きというだけでなく、「飲み会の席では仕事の愚痴は言わない聞きたくない」というスタイルが合致していたのも付き合いが長く続いた理由の一つかも。飲み屋のカウンターで交わす会話は専ら趣味や最近入手した面白ネタの披露に終始していました。スタイルと言えば「一度座ったら長尻(ながっちり)になる」「河岸を変えずに延々と一軒で飲み続ける」というところも似ていて平気で4時間、5時間飲んでいたなぁ。あ、4時間、5時間というのは要するに店が看板になるまでといったほどの意味です。一度など少し早めに仕事を切り上げて5時ころから飲み始めたことがあったのですが(あの頃のIT業界は結構融通が利いたのです)、最終的に2軒目を出たのが2時。9時間飲み続けたってその日の就業時間より長いじゃんとあとで大笑いしました。
そんなT先輩も56歳と人生の転機を迎えるお年頃、思う処あってこの3月で現職を離れることにあいなりました。奥様は看護師で結構稼ぐ方なので当分は専業主夫をされる予定だとか。羨ましいっす。
お疲れさま会は沖縄料理のお店で豚しゃぶや海ぶどうなど戴きながらオリオンビールで乾杯。二件目のスナックは粘りに粘って久しぶりに終電でご帰宅となりました。

T先輩、長い間おつかれさまでした。また、呑みに行きましょうね~(って、まだ呑むんかい)
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古都を歩く

週末、親戚の集まりで京都に行ってきました。
丁度、卒業式のラッシュだったようで晴着で着飾った娘さん達で古都は殊更に華やいでおりました。
京都駅地下でおばんざいを戴いた後、目的地は八瀬の方面だったのですが、天気があまり良かったので今出川まで徒歩でぶらぶら(そこから先は地下鉄が曲っていくので歩くと迷子になるの必須と思われ、地下鉄に乗車)。東本願寺そばの諏訪神社にお参りしたりしてちょっぴり古都の春を楽しんでまいりました。

この世界の片隅に(ネタバレを含みます)

前から観たかった『この世界の片隅に』を観てきました。
カテゴリーを映画雑感でなくアニメ雑感としたのは、この作品が映画作品というよりは紛れもないアニメーション作品でくくられるべきと考えたからです。
ヒロインが絵を描くことが好きという設定を伏線として随所に絵画的な表現が散りばめられ、悲惨なはずの空襲のシーンでさえ美しいと感じてしまわせる制作者のセンスが光ります。しかし、ただ美しいだけでなく、その悲惨さ怖さから決して逃げずに直視する制作者の気概がひしひしと伝わってきます。
脚本も良くできていて、ただ受け身で絵面を眺めているだけではうっかり見落とすような行間の表現がふんだんに仕込まれています(鑑賞には相応の集中力を要しますよ)。
戦争物にありがちな悲劇の押し付けを極力排して淡々と日常を描いているところがまた良いですね。

二十年ほど前に戦時中の神戸に住む人たちの暮らしぶりを調べたくて図書館で古い雑誌をあさったことがあります。神戸市が発行している季刊誌「こうべ」(戦時中の表記は「かふべ」でした)。ちょっとびっくりしたのは昭和14年の巻には「六甲山ドライブウエーが開通したのでみんなでドライブに出かけましょう」なんてことが普通に書いてあるのです。三宮でかかっている今月の映画情報や聚楽館(新開地にあった劇場で「西の帝劇」と呼ばれていました)の劇場情報も今と変わりはないですし、ホントに日中戦争やってた時代なのかなって思っちゃいました。当時はけっこうアウトドア志向が強かったようで市主催で六甲山へのハイキングの催しなどもあったよう。登った先で鶏すきを食べる企画だったようで(今でいうバーベキューみたいなイベントかな)、卵や松茸の価格表が載っていたのですが、松茸より卵の方がずっと高くて笑っちゃいました。当時の物価を知る貴重な資料ですね。昭和19年の巻は残念ながら空襲で焼失したようですが、空襲が激しくなるまでは案外に普通に暮らしてたんだなぁと思ったものです。

今作はそんな戦時下の普通の暮らしを時にユーモアを交えながら丁寧に丁寧に描いています。エンドロールが上がり始めた時の客席の空気がなんとも言えず心地よかった。誰一人、声を発しないのに映画の余韻に浸っているのが肌で感じられるのです。客電が付いてもすぐにはリアクションする人がいなくて、やがておもむろに立ち上がって散り始める。いろいろな映画を観てきましたが客席の空気をこれほどほっこりとさせた作品を僕はあまり知りません(スタンディングオベーションが出た映画は二度体験しましたし、熱狂で客先が熱く感じられる作品は案外あるのですけどね)。
2016年、全国でたった63館、日本の片隅でひっそりと公開された本作は口コミで評判を呼びついに198館に拡張、110万人を超える観客を動員したそうですが、なるほどそのムーブメントの理由が分かる納得の出来でした。

鎖国

僕が子供の頃は親から漫画を読むのを禁じられていました。それ以外にも「8時だよ全員集合」だとか見てはいけないTV番組というのが決められていました。ドリフは別に興味がなかったけど後に漫画は反動が来ましたね。特に小学校高学年くらいから少女漫画にハマりました。
って、これを読んだ人の中には「男の子で少女漫画というのはちょっと」と思われた方もいらっしゃるのでは? そう思った方は、未知の文化を鎖国してしまう気質をお持ちかもしれないのでご注意あれ。
僕が小学生だった1970年代は俗に24年組と言われた昭和24年生まれの少女漫画家達が活躍した時代だったのです。それまでの可哀そうな境遇の女の子がそれでもけなげに生きるみたいな話や恋愛ベタベタの話とはまるで異質なそれこそ人類の根源を探求したり宇宙を舞台にしたような壮大な物語が次々と世に生み出された頃だったのです。それら作品群に触れて人生観ががらりと変わった人も少なくなかったんじゃないかなと僕は思います。かくいう自分も三原順の「はみだしっ子」などには少なからぬ影響を受けました。

ネットのニュースで「ゲーム禁止」あるいは「アニメ禁止」の教育方針を掲げる家庭が話題になっていました。その方針の是非については個々の家庭によって事情も違うでしょうし、子供さんの気質によってどう育つかも違うと思うのでここでは触れません。が、そういった方針を掲げる親御さんってまず間違いなくゲームやアニメに触れたことがないんだろうなぁと思ってしまいます。少なくともお店でデモ画面を見たとか、テレビをつけてみたらたまたまやっていたアニメをちょっと見たくらいはあるかもしれないけれど、きちんと座ってじっくり見たことはないんじゃないかな。そんなプアな情報量で低俗だの底が浅いだのと決めつけて子供から取り上げているとしたら子供さんは本当にかわいそうです。玉石混交感は否めないけれど名作と呼ばれるものは人の人生そのものを揺るがしかねない力を持っているんですよ。子どもにとって一生の宝物になり得るそういった作品と触れ合うチャンスを奪うのはもはや罪だと思うのです。ま、そういう方針で育てられた子供の方がえてして僕みたいに後で反動が来たりするものですけどね。
過日、ネットの小説投稿スレで「深夜アニメは未だに萌えばっかりで低俗極まりない」なんてコメントが投稿されていて目が点になったばかりなのですが、それに同調する意見も散見されて、このスレの住人は江戸時代の人間かよと思っちゃいました(って、江戸時代にアニメはないけど)。

鎖国というのは何も江戸幕府の政策だけを指す言葉ではないと僕は思います。その気になれば人はいつだって未知の文化との接触を自ら閉ざして鎖国に入ることができます。ご本人が納得ずくでそうなさってる分には僕は何も言いません。けど、改めて言いますがそれを自分の子供にも強いるのは罪だと思います。

ヒット作症候群

東野圭吾はミステリージャンルの人気作家ですが、実はコメディーも結構描いていたりします。彼のコメディー短編連作「×笑小説(×に1文字入ります)」のシリーズ、歪笑小説は作家業の悲哀をネタに笑わせる短編集なのですが、その中で『ヒット作症候群』という言葉が出てきます。
これは、あるジャンル、あるテイストの小説で大ヒットを飛ばした作家がその後の作品でもずっとその一作を引きずってなかなか自分の殻を破ることができなくなる病(やまい)といったほどの意味です。なるほど、これはホントあるあるだなぁと思っちゃいますが、これって、誰が悪いかって読者が悪いよなぁとも思ってしまいます。
たとえば、渥美清が登場する映画を見ると誰もが「あ、寅さんだ」と言います。ピーターフォークが登場するドラマを見ると誰もが「あ、コロンボ」と言います。いや、渥美さんもピーターフォークもそれ以外にも良い作品に出てるんですけどね。
で、この病はご本人もかなり苦しまれるようで、ピーターフォークはイメージが固定化するのを嫌って、一時期コロンボのシリーズを降板したことがありました(それでも、ファンの声が鳴りやまず。食べていかないといけないこともあってカムバックするのですが心中如何だったのでしょうね)。同様に、マイケル・J・フォックスはバック・トゥ・ザ・フューチャーのインパクトが強すぎて、何時まで経っても高校生くらいの若者役を求められたようです。

どんなヒット作であっても、それは独立した一本であり不世出のものであることを読者や観客は知るべきじゃないのかなと僕は思います。ましてや、以降の作風がそのヒット作とは異なったとしても「こんなの××さんの作品じゃない」だの「つまらなくなったな」だのと軽々しく言うべきではないと思うのです。監督であれ俳優であれ、クリエーターは新境地を開こうと苦闘し続けるものです。真のファンであるならばその産物を揶揄するのではなく温かく応援すべきではないでしょうか。宮崎駿監督が未だに「ラピュタは良かった」、「トトロの頃が最高」などと言われるのを見るにつけしみじみそう思います。
逆にクリエーターの側は「黙って俺の新作を見やがれ」みたいに慢心してはいけないと思うんですけどね。例えば小津安二郎は好んで笠智衆を起用しましたが、ある時、彼の友人が「今作の笠君はイマイチだったね」と言ったら、むっとした顔になって「君は笠のことが嫌いなんだね」と返したとか。いや、そこは貴重な意見として拝聴しておきましょうよ。

近頃、あちこちのアニメ監督にスポンサーが「君の名は。みたいな作品を一つ作ってちょうだいよ」と注文を付けるムーブメントがあるそうです。ヒット作症候群もここまでくるともはやギャグですね。ある監督は「じゃあ、新海監督にご依頼ください」と言ったとか。まさしく、その通りだと思いますが、新海監督も嫌がるだろうなぁ

洗濯機が壊れちゃった

5時起床。いつもと変わらぬ土曜日。
洗濯機に洗濯物を放り込んで、風呂水をバケツ搬送で投入して(ポンプのホースが届かないので人力なのだ)、洗剤投入してスイッチオン……
無反応。え゛? せ、洗濯機が壊れちゃった。
♪オ パキャマラド パキャマラド パオパオ パンパンパン
って、歌ってる場合じゃない!!
どうするんだよこれ?
1.とりあえずバケツで洗濯物と水を浴槽に搬送
2.そのまま、お風呂でシャワー全開してゆすぎ
3.絞り切れてないけどなんとか洗濯物を干す
4.洗濯機に残った水はバケツで、最後はコップでくみ出す
ふぅ、もう7時過ぎじゃないかぃ(;_;)

さて、諦めるべきはとっとと諦める主義なので今日中には新しい洗濯機を見繕って注文しましょう。あと、今の洗濯機くんの引き取りも手配しないといけないな。
今年で21年目だった洗濯機くん。あと、100年くらいはもつと思ってたんですけどね(をい)。とまれ、今までお疲れ様でした。お世話になりました。
プロフィール

choal29

Author:choal29
酒と料理をこよなく愛するシステムエンジニアです。
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