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二次創作

アニメ制作でずっと不思議だったことがあるのですが、原作のないアニメのストーリーって誰が考えているんだろうということです。原作付きの場合はそもそも既刊の小説や漫画があり、それにそってアニメ制作が進むわけですが、それがない場合、小説家(または漫画家)がいないのになんで物語が作れるんだろうと。
で、調べてみました。答えは監督、プロデューサー、脚本家が寄ってたかって作るということみたいです。中でもそのアニメの企画を立ち上げた人がコンセプトを決める権限を持つみたいで企画者が監督なら最終判断は監督が、企画者が脚本家なら脚本家が「これでよし」というみたいです。ただ、ややこしいのは制作者がよしと思ってもスポンサーがNO!という場合があるらしく、例えば玩具メーカーがスポンサーに付いた場合、「主人公が大人? おもちゃを買ってくれる子供たちが観ないじゃないか。主人公は少年にしなさい」とか、プラモを買ってほしい場合は「戦闘機じゃなくてロボット物にしようよ。それも次から次に新しいロボが出てくるようなやつ」なんてことを言い出すらしいんですよね。そうやってガンダムは作られたらしいです。原作がある場合はスポンサーが口を出してきても「いやいや、それはあまりに原作からかけ離れているから」と反論のしようもあるのでしょうが、元々物語のないところから始めているので「このアニメはこういう話なんです」と言いようがない。ひどい場合は企画はすごく良かったのに大人の事情で変なアニメになっちゃったってのもあったんじゃないかな。
アニメの面白いところはそうやって、ストーリーが決まっても監督やプロデューサー、脚本家が絵を描くわけではないというところです。原画や動画はアニメーターが脚本や絵コンテを読んで頭のなかで絵面や登場人物の表情を咀嚼して描きます。いわゆる二次創作というやつですね。また、登場人物の演技の要となる「声」は声優が演じるわけで彼らも脚本を咀嚼して演じ方を決めます。こうやってみるとアニメーション作品っていろいろな人の作品に対する解釈が合わさってできているんだなぁと思います。で、人によって場面場面の情景や演技の解釈は異なるのが普通ですから対立が起きることだってあります。それを高いところから俯瞰して一本のストーリーにまとめ上げるのが監督のお仕事。つくづく大変だなぁ。人によってはそこだけは絶対譲れないと侃々諤々の議論になることもしょっちゅうじゃないですかね。
アニメってこんな風に多くの人の二次創作の重ね合わせでできるわけですから、当然、最初の企画とは似ても似つかない設定や場面ができあがって「なんでこうなった」と言いたくなることもあるでしょう。庵野秀明監督がかつて嘆いたことがあるそうです。
「ジブリのアニメーションは宮崎監督の絵コンテ(アニメの設計図)がとにかくできが良い。なのに、それを元にアニメーターが描き、声優が演じるとその何分の一も再現されない。勿体無いことこの上ない」
観客である我々が劇場で観ることができるのは完成品だけですから、その元になった「できの良い絵コンテ」の方がすっごく気になります(観てみたいな)。

小説を書く作業というのは一から十まで一人で行う作業です(エラリー・クイーンみたいに二人で書いているケースもありますが)。なので、大勢がああでもない、こうでもないと議論しながら物語を構築していく現場というのはちょっと想像しづらい一面があります。「あそこはもっとこうしたかった」、「この場面はボツにしたくなかった」そんな怨嗟が完成品の陰にうず高く積もっていそう。僕は「みんなで決める」とか「集団行動」とかいうのがすっごく苦手なのでとても務まらない現場だろうなと思ってしまいます。
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