スランプの本質

今日は21回めの結婚記念日。式を挙げたのはついこの前のことのように感じるのですが、もうそんなに経ってしまったか。感慨深いものがあります。

で、今日のブログ。かつて落合 博満がこんなことを言ったそうです。
「スランプなんて言葉を使って良いのは王か長嶋くらいだ。それ以外の選手が口にしても才能がないか単に怠けている言い訳をしているようにしか聞こえない」
なかなか手厳しいですが、含蓄のある言葉だと思います。長いこと一つの仕事をしていれば誰でもベテランになっていきます。それでも、日によって「今日は調子が出ないな」と思うことはあるし、ひどい時はそれが何日も、何ヶ月も続いたりします。この状況は同じ作業を繰り返す仕事ではあまり起きず、スポーツや芸事のように取り組む度に白紙状態から始めないといけない仕事で起き易い傾向にあるのは周知の事実です。
そんな時、スランプという言葉はとても便利です。要は「調子が出ない」状況をそれがスランプというものだよと翻訳してなだめているんでしょうね。けど、それを言ってしまうと人間は思考停止しちゃうのです。調子が出ない原因分析を放棄し、どうやったら脱出できるか足掻くのまで止めちゃって、「スランプだからしかたがない。そのうち抜け出せるだろう」なんて虫の良いことを考えちゃうのです。
ジブリの魔女の宅急便で空を飛べなくなったキキに絵描きのウルスラがアドバイスする場面があります。
「私もね描けなくなることがよくあるよ」
「そんな時、どうするの?」
「描いて描いて描きまくる」
「それでも描けなかったら」
「描くのをやめる。何もしない。湖の周りを散歩したりして過ごす」
スランプをスランプだから仕方ないと放置せず、取っ組み合ったり突き放してみたり試行錯誤する前向きな姿勢を僕は好ましく思います。ただ、経験則から言うと何もしないでスランプが解決した試しが僕にはありません。スランプには必ず原因があって、才能が足りないのなら足りないところを磨かないと復活できませんし、怠けているのなら気合を入れ直す必要があります。そう考えると、人がスランプという言葉を口にする時は現実から目をそむけたがっているときなのかもしれませんね。やはり、落合の言葉には含蓄があると感じます。

過日、近所の居酒屋に顔を出した折、常連のお姐さんにこの話をしたら「そこにイチローも入れたげて」と言われました。あれだけのスター選手になっていても、日々の練習メニューを訥々とこなすストイックな姿勢を見ていると、確かにあれだけのことをやって調子が出ないのなら仕方がないなと思えちゃいます。けど、当のイチローはスランプという言葉を口にするのを潔しとしないんじゃないかな。それは王や長嶋も同じな気がします。そう考えるとスランプという言葉を使う資格のある人は自分をスランプという言葉で決してなだめない人ということになって、結局誰もこの言葉を使えなくなりそう。それが原因でこの言葉が死語になったり……しないだろうな。凡人の逃げ口上としてこれからも生き残っていく言葉だと思います。
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