「それからどうしたの?」症候群

6年ほど前、阪急電車という映画がありました。阪急今津線に乗降する人々の人間模様をオムニバスチックな物語で、時にお互いの人生を交錯させながら描いた佳作です。舞台になった阪急今津線はまさに自分が住んでいたエリアということもあり親近感が湧いて映画館に足を運んだ記憶があります。原作は有川浩。恋愛小説などを書かせると滅法巧い作家さんです。
自分はほっこりした読後感にひたれたのですが、嫁はこの本を読み終えた時、一言こう発しました。

「で?」

いやいやいや。このお話はね、日々の生活の中で落ち込むこともあるけれど、ちょっと良いことがあったり、人から勇気をもらって明日もまたがんばろーってタイプの話ですよ。それに何かオチを求めるのは如何なものか
ネットの映画レビューや小説レビューを読んでいるとたまにこういうタイプの批評を見かけます。煎じ詰めれば「もっと物語を」と言いたいのでしょうか。せっかく楽しんでるところだったのに終わっちゃうなんてひどい。彼らがこのあとどうなっていったのかもっと知りたい。あれはどうなったの? これはどうなったの? こういったレビューが付くのは作者が物語に余韻を持たせるために、あとは読者の方々のご想像にお任せします──という作りにした作品に多いみたい。
僕はこういう思考をされる方の性癖を「それからどうしたの?」症候群と名付けたのですが、どうも世の中には自分で想像力を働かせることはまるでしないで、ただひたすら口を開けて物語を食べさせてくれるのを待ってるだけという人がいるようです。物語のその後が描かれていないということは読者の数だけ物語が広がっていくということです。それを敢えて一本道にして他の結末の可能性を閉ざしてしまうというのは無粋が過ぎるでしょう。
以前、世にも奇妙な物語でストーリーテラーのタモリが「軽々しくもっと物語をと言ってくれるけど、物語を作る側の身にもなってくれ」とメタ発言していましたが、ホントそうだと思います。読者や観客の物語を希求する欲求は貪欲です。満腹するということを知りません。一つの物語を食べ終えたと思ったらもう顔を上げて次の物語が皿に盛り付けられるのを待っています。ナイフとフォークをあるいは箸を構えて待っています。ましてや、一つの料理のボリュームが足りないと感じた時にはさんざんな酷評になっちゃうのです。「その後が書かれていないなんてひどい」
けどね、物語には終わりどきってのはあると思うのですよ。少なくとも書店に並ぶ本はプロの作家の手によるものです。映画館にかかるのはプロの監督によって撮られた作品です。終わり時の見極めに関しては誰より分かっていると思うのですよね。「それからどうしたの?」と口にする前に、もう一度物語を反芻してみましょう。多くの場合、ちゃんと物語は完結していることに気付くと思います。
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