年の瀬の戦

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
なんか2018年というといかにも中途半端な年数でつなぎの年っていう印象ですが、平成30年というといきなり節目の年って感じがしますよね。同じ1年には違いはないのにキリ番には弱いなぁ。
暮れの31日は神戸に帰省していたのですが、たいして面白そうな番組もなかったので早々に寝てしまいました。昔は除夜の鐘を聞くまで起きていたものですがあの意地っ張りはなんだったんだろう。
僕が生まれて初めて深夜の0時過ぎまで起きていたのは小学校1年のおおつごもりだったと記憶しています。従兄弟の家に遊びに行き、そこで紅白歌合戦を見ながら眠気と戦っておりました。夜も10時を過ぎると眠くて眠くて、まわりの大人たちには「もう寝たら」となんども言われながら「いや、大丈夫だから」とやせ我慢の笑いを浮かべつつその実は布団が恋しくてたまらなかったなぁ。
インターネット時代の便利さを駆使して1971年、あの年の紅白歌合戦のラインナップを覗いてみました。
口開けは紅組が南沙織「17才」、白組は尾崎紀世彦「また逢う日まで」(いきなり凄いのから始まってるな)。トリは美空ひばり「この道を行く」、森進一「おふくろさん」。あの頃も舞台は華やかでしたが、今ほどショーのカラーは強くなく、ひたすら歌唱による合戦を広げるイメージが強かったように思います。
近頃、若者の間で昭和の歌謡曲が見直されている風潮があると聞きます。「あの頃の曲の歌詞は胸に沁みるものがある」だの「今の曲は心に響くものがない」だのと聞かされると、おまえらジジイかよ、と言いたくなるのですが、まあ気持はわからないでもないかな。あの頃の歌謡曲の作詞に大いに貢献した阿久悠は「歌詞は4分間の映画のシナリオ」と言ったそうですが、ドラマ性の強い歌詞を持った曲が流行っていたと思います。それを歌う歌手たちも歌を歌うことを本職としていてたまにドラマに出演したりしたら、「ご愛嬌」と言いたくなるくらい下手くそな演技でしたね。昨今の紅白の出演者はドラマもバラエティー番組もこなせるマルチタレント性を発揮する方が多いですが、その分歌唱に対して一所懸命というか自分には歌しかないという必死さを今ひとつ感じられないと思うのは僕の気のせいなのでしょうか。

戦争が終わって、焼け跡から人々を引っ張り上げたのは歌の力でした。少なくとも僕が初めて除夜の鐘を聞いたあの夜、その力はまだ生きていた気がします。
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