2018年冬アニメ展望

2016年の秋ごろから、「アニメの2017年問題」が叫ばれ、このままいくとアニメーターの数が全く足りず多くのアニメが万策尽きてしまうと言われてからはや一年。気が付けば2017年も暮れて新しい年が明けています。「なんだ、騒ぐほどのことはなかったじゃん」──2017年を振り返ってお気楽につぶやくファンもいるかもしれません。けど、それは制作者がプロの矜持を胸に身を削って叩き出した結果であって何もなかったはずはないよなぁと僕は思うのです。
明けて2018年の冬アニメは告知されているだけで51本。去年の冬アニメより更に10本多い勘定になり、をいをい大丈夫かよと他人事ながら心配しております。とはいえ、楽屋裏の事情はわかりませんが、少なくとも放送されるアニメはかなりの豊作。相変わらず頑張ってるなぁと感心するとともに心から応援しております。
今期の一押しはなんだろうとつらつら考えたのですが、やっぱりこれかな。
『宇宙よりも遠い場所』
遭難した観測隊員を母に持つ女子高生が南極を目指すというお話で原作なしのオリジナルアニメです。以前トリビアの泉でやってましたが「(地表から)宇宙までの距離は東京~熱海間(100km)とほぼ同じ」だそうですので、確かに南極は宇宙よりも遠い場所なんですよね。女子高生が南極ってリアルではどう考えたって無理でしょというあたりを上手にフィクションに料理にしていて感心。加えて重たくなりがちなテーマを女子高生の青春モノに絡めてハイテンション、ハイテンポで視聴者を牽引していく力は見事と言うしかありません。
次に鳴り物入りで注目されていたのが京都アニメーションの『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。戦闘マシンとして戦場を渡り歩き感情を持たなくなった少女が終戦を迎え、民間の郵便局で働きながら愛の意味を知ろうとする物語。作画はさすがというしかなく劇場版クラスの出来です。ストーリーは感情移入を極力抑えて静かに静かに進行させているのでやや起伏に乏しいのですが山場はこれからのお楽しみかな。これも一押しです。
甘酸っぱいラブストーリーがお好きな方には「恋は雨上がりのように」がお勧め。陸上の夢を事故で諦めざるを得なくなった少女がファミレスの店長(ぱっとしない中年)に恋をする話です。下手に舵を切るとどろどろした展開にハマっていきそうなシチュエーションですが見事に爽やかなテイストに仕上げています。自分的には舞台が横浜でご近所がたくさん出てくるのも楽しい。
変化球の学園モノだと『からかい上手の高木さん』。こちらは中学生が主人公。隣の席の高木さんにいつも手玉に取られて顔を真赤にしてしまう男の子がなんとか彼女に一泡吹かせようと奮闘する話なのですが、観ていてニヤニヤが止まりません。
認知度は低いけどラノベの頃から注目していた『博多豚骨ラーメンズ』も良い感じの滑り出し。街の人口の3%が殺し屋という架空の街「博多」を舞台に、様々なタイプの殺し屋の死闘を描いた物語。ちょっと伊坂幸太郎のマリアビートルあたりを彷彿とさせます。
作画の完成度はイマイチで(というか低予算なんだろうな)毎回残念な感じなのですが、前作がお好きな方には「バジリスク ~桜花忍法帖~」もお勧めかも。前作で死闘の末に全滅した伊賀と甲賀の忍者たちの後日談です。
そして、社会現象になりつつあるクソアニメ『ポプテピピック』も外せません。いやね、何が面白いのかさっぱりわからないのについ、何度も観てしまう中毒性。「どんな話?」と聞かれても説明のしようがないカオス度。次世代のギャグアニメかくあるべしという作品なのかもしれません。

おそらくはアニメ制作現場が危機的状況であることは変わりなく、根本的な解決にはまるで至ってないと思います。けど、そんな過酷な状況の中で良作を生み出しているスタッフの方にエールを送るとともに今期もアニメを楽しませて頂きます。

文化の輸出はいかが?

古くはクリスマス、近くはハローウィン。日本人って、外国のイベントを輸入して独自のお祭りに変遷させるのが好きですよね。そのわりには日本のイベントを外国に輸出することには無関心だし、積極的でもないよなぁとふと思いました。
こち亀でこのネタを扱っていて、両さんがひな祭りや端午の節句を欧米にプロモーションする話があります。狙いは雛人形や五月人形を売って大儲けすること ハリウッドの富裕層に取り入ったり映画にそんなシーンを挿入したり、五月人形にアメリカ人の好きな忍者のフィギュアを混ぜてみたり(をい)と大活躍。3月3日や5月5日は欧米で一大イベントの日となります。ちょっと無理があるような気はするけど実現したら面白いなと思わせる絵柄になってました。
現実にはそういった日本のイベントを輸出しようとする人がなかなかいませんが、その理由は我々自身が「日本のイベントは古臭い、垢抜けていない、こんなのウケるわけがない」と思ってるからじゃないでしょうか? けど、欧米で日本の文化が注目を浴びている今ならアジアの神秘として案外いい線行く気がするんだけどな。
日本が大好きな外国人の掲示板というのがあってそれを覗くとひな祭りや端午の節句以上に彼らが羨ましがっている日本のイベントがあります。それは「学園祭」。ん? あれがどうした? と聞かれそうですが、実は学校をあげて生徒が主体的に仕切るああ言ったイベントはどこの国にもなく、日本独自のものらしいんですよね。特に今はクールジャパン効果で日本の学園アニメは世界の人が観ていますから学園祭の認知度も飛躍的に高いらしい。このイベントをもっと積極的に輸出したら凄いことが起きないかな?
確かに外国で学園祭をやるようになっても、雛人形や五月人形のように日本産のモノが売れるわけではありません。けど、日本に来る外国人を更に増やして外貨を稼ぐことはできるかも。学園祭はどこもだいたい10月頃、秋にやるイベントですので、「本場、日本の学園祭を見に行こう」みたいなツアーを組んだりして。あるいは、海外の学園祭文化が本格化すればコンサル業が商売として成り立つかも。企画のアドバイスをしたり、運営を手伝ったり。ノウハウを伝授するわけですね。それを日本の高校生がやれば国際交流にもなります。

誰に言われたわけでもないのに、ハロウィーンは日本に定着してしまいました(ま、実際は仕掛け人がいそうですが)。今度は文化の輸出で儲けるという発想もありなのではとふと思った次第です。

リピートを鑑賞

乾くるみ原作のドラマ『リピート』の第一話を観ました。以下、ネタバレを含みますのでご用心を。
年末に番宣をやっていて、面白そうだったのでチェックしておりました。乾くるみは過去に何作か読んだけども可もなく不可もない作家という印象だったのですが、イニシエーション・ラブにハマってしまいそれ以来のファンです。ドラマ視聴にあたりお正月には原作を予習しておきました(僕は小説を先に読んでおく派なのだ)。
ホームページなどの事前情報からもかなり小説と設定を変えてきていますね。変更点は大きく2つ。一つはキャラクター設定、もう一つはストーリー展開の配分。
キャラクター設定については主要人物が10人から9人に変更されています。原作はクリスティーの「そして誰もいなくなった」に拘って10人となっていましたが展開上9人でも問題はありません。ただ、削られた一人がある役割を担ったキーパーソンだったのでちょっと意外。確かに彼がいるとストーリーが複雑化するし全6話に収めるため単純化を目指したのかなと理解。次に原作は男9、女1という男女比に対して男6、女3。これはドラマ的な(絵的な)配慮でしょう。ただ、増えた女性に手塚理美と安達祐実というベテラン個性派の女優を持ってきたあたりスタッフの気合を感じます(演出的には手塚は悲劇性の強調、安達はクライマックスの謎解きの切れ味要員かな)。そして登場人物のキャラ設定も少しいじられていますね。老年の会社社長が借金苦のサラリーマンに、中年サラリーマンが専業主婦に、ベンチャー企業の社長がカフェのオーナーにという感じ。総じてキャラクター設定の変更は原作で感じた「いらない人」感、「誰だっけ」感を廃し、よりはっきりとしたキャラ立て(=役割付け)を目指していると見られそれに成功しているように感じます。その上で、主人公を男性から女性(原作の紅一点)に変えたところも面白い。この方が男性ファンも食い付くし、女性視聴者の共感も得られ易いという読みかな。
ストーリー展開の配分は原作でも賛否両論が分かれたところです。この物語はざっくりいうと特定の過去日に戻ってやり直そうとする人々の群像劇という一面があるのですが(ミステリーなのでもう一面あります)、原作は過去に戻るまでが半分、過去に戻ってからが半分という配分なのです。僕はさほど思わなかったのですが、「戻るまでが長すぎる」という意見をネットで散見しました。で、ドラマでは第一話の終盤でいきなり過去に戻ってしまう。つまり、全6話中、1:5の配分としスピード重視を狙ってきましたね。ま、3話も「過去に戻るぞ、戻るぞ、戻るぞ」と言いつつ戻らなかったら今日日の視聴者は付いて来ないでしょう。
1話を観る限りテンポもよく、情報もスムースに入ってきて良い感じ。加えて適度の緊張感が途切れずラストの引きも良く、サスペン性も及第。良い滑り出しだと思います。

つくづく、ドラマ制作のチーム力って凄いなとあらためて思いました。原作はデビューから6年目の作品。作者自身まだストーリー構築にはこなれていない感もあり、余剰が目立つんですよね(いらないキャラクター、いらないプロットなど)。けど、作家は個人プレーですからそれを手直ししてくれる人がいません(編集はアドバイスしてくれるでしょうし、校閲は文章の直しは手伝ってくれるでしょうけど)。今回その原作を俎上に載せて、「本当に見せるべきものは何か?」を複数のプロたちが徹底的に議論し合い骨子を残してほとんど別物と言っていいほど新たな物語を再構築した感があります。
残り5話も視聴させて頂きながら、プロの目で見てあの物語のどこをどう直すべきだったのかを勉強させてもらおうと思います。

夢日記

引き続き、素面で就寝しているため夢多き夜。
物語を作る仕事や趣味を持つ人はそのネタを集めるのに種々工夫するのですが、よく聞く技法の一つに夢日記というのがあります。枕元にノートと筆記具を用意しておき、目が覚めたらすぐに今見た夢を記録しておくという方法。夢というのはその場では鮮明に覚えていてもあっという間に忘れてしまうものなので起き抜けが肝心なのです。
何度かやったことはあるのですが、僕の場合はろくなネタが集まったことがありません。飲み屋のカウンターのバカ話と同じでその場では直木賞物の面白い話に感じたりするのですが、はっきりと目が覚めてみると(しらふに戻ってみると)何が面白いかさっぱりわからない話だったりする。その点、昨夜の夢はどうだったのでしょう。
寝入りばなに見た夢は家人に聞かせられないような艶っぽい夢。僕はまだ二十代でひなびた旅館で4つ年上の幼馴染の女の子と再会するというシチュエーション。確かに僕が3つ、4つの頃に近所に小学校に上がったばかりの女の子がいてよく遊んでもらってました。彼女はわりとすぐに引っ越していってしまったのでその後、50年の人生で接点は全くないのですがよく夢の中に出てきたよな。柔らかな唇も僕の腕の中で身動ぎする細い躰の感触も浅い夢から醒めてもしばらく遺っているほどリアルな夢でした。
それからいくつかの夢をさまよった後、月夜を歩く夢を見ました。その夜はいわゆるスーパームーン、夜道は青い光を浴びて昼のように明るかった。阪急電車の線路脇を歩く僕の耳に唐突な汽笛の音、振り返ると機関車が轟音を響かせて走ってくる。しきりに汽笛を鳴らしながら「ああ、楽しい。ああ、楽しい」と歌うように声をたてるシュールな機関車(をい)。その巨体は僕のわきを過ぎると空へと舞い上がっていったのです。というところで、場面は転換して僕の友人にこの実体験(?)を物語にしたいと熱く語る僕。そんな素っ頓狂な話がウケるものかと嗤う友人。
「いや、そのままだったら確かに荒唐無稽だし、陳腐でもあろうさ。けど、物語を脚色するのは書き手の技量。たとえば、こんな話ならどうよ」
と、プロットを語ったのです。
ここからは夢日記の抜粋です。
タイトル「月夜の奇跡」
展開プロット
スーパームーンの夜、3人の人物が夜道を歩いている。(恋に悩む主人公、いじめられて怪我をしている小学生、ギャンブルで借金苦の男)
三人は月のスポットライトの中、線路を機関車が走っていくのを見る。
その後、三人は機関車の置き土産に不思議なグッズを手に入れる。(主人公には魔法の薬(それを飲んで話せば相手は必ずそれを肯定する(愛の告白に効果的)。但し一回しか効かない、といわれるが効果の程は怪しい)、小学生にはヒーローの変身バッジぽいもの、ギャンブル男にはよくできたおもちゃの札束)
彼らはすぐにそれを捨てようとするが蒸気機関車の情景を思い出してなんとなく捨てられずにいる。
→そこから本当の奇跡が3人に起こる。
テーマ:奇跡は人を助けるためには起こらない。行動を起こすきっかけとして起きる。本当に奇跡を起こすのは常にその人の行動である。
夢日記抜粋おわり
久しぶりに夢日記を付けてしまいました。僕が記録したのは幻想的な機関車の夢ではなく、その後友人に語った、脚色プランの部分。読み返すとありがちで陳腐なお話なのですが、よく夢の中であの荒唐無稽な機関車の夢をこのプロットにまとめたよなとちょっと感心したのでブログに書いておきます。

ビューティフル・ドリーマー

劇場公開は1984年ですからもう30年以上前の作品になります。けれど、未だに様々な劇場アニメのランキングで必ずと言っていいほどベスト3に食い込むモンスター作品があります。
押井守監督作品「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」。
これをうる星やつらシリーズで撮る意味を取り沙汰されたり(高橋留美子は激怒したとの逸話もあったり、押井守は今作を最後にTVシリーズも降板したり)、してますが一級の映画作品であることは間違いない名作です。
気がつくと毎日毎日、学園祭前日を繰り返していることに気付いたことを皮切りに諸星あたる達は夢の迷宮をさまようことになります(ほとんど無思考でその夢の中ライフを楽しんじゃうあたり彼ららしいのですが)。覚めても醒めても、それが夢でない保証はなく。エンディングに映り込んだ校舎の階数が現実と違っていたという念の入りよう(結局、それも夢じゃん)。同じ夢を扱ったパプリカ(筒井康隆原作だよ)とはアプローチは違うものの、自分が立っている地面が音もなく崩れ落ちていくような不安に観る者を誘う作品でした。

投薬治療で熱発。さすがに酒はまずいだろうと思い素面で19時に就寝。朝5時にスマフォのアラームが鳴るまでにどれだけの夢を見たのかしらん。一番強烈に覚えているのは家人に「8時過ぎたけど起きなくて良いの」と揺り起こされたやつ。「いや、今日は休暇を取ってるから」と言いながら布団からのそのそ起き出すと次女がテレビの前に陣取って恐竜とバトルの最中。「おい君は学校はどうした」なんて言ってる間にはっと目が覚めました。気が付けばベッドの上で外は真っ暗。もちろん部屋には家人も娘もおらず僕ひとりだけ。なんとも言えない寂寥感を感じました。
作中、クライマックスであたるが目覚めるとラムがコールドリープの機械故障で取り返しのつかない状況になっていることに愕然とするシーンがあるのですが、それも夢だと知れた時の気持の真逆でしょうか。たかが、夢、されど夢。夢の中で起きることは現実ではないけれど夢の中で想うことは夢を見る人に取って現実以外の何物でもないよなぁと再認識した次第です。
プロフィール

choal29

Author:choal29
酒と料理をこよなく愛するシステムエンジニアです。
食卓応援サイト「Gの食卓」を運営しています。
↓こちらもよろしく!!
http://diningg2011.web.fc2.com/index.html

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR